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今日のおはなし  作者: 溝口智子
金の糸 15
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まっすぐに

まっすぐに

「あたしね、不倫してるんだ」

 突然の由衣の告白に僕は凍りついた。

「だ、だれと?」

 聞いたらダメだ、それはわかりきっていたのに、僕の口は勝手に動いた。

「中野課長」

 二人の仲は聞かなくても誰の目にも明らかだった。けれど由衣のくちから聞きたくはなかった。何も言葉を返せない僕を由衣は笑った。

「知ってるよね。社内で噂になってるのを知らないのは中野課長くらいだよね」

 僕はなんて答えたらいいかわからずに視線を泳がせた。

「でもね、疲れちゃった」

 由衣はそっと微笑んで床を見つめる。長いまつげが頬にあわい影を落とす。その影は小さく震えていた。

「昨日ね、中野課長に話したの。もうやめましょうって。そしたらね『君も幸せにならなきゃね』って。君も、って言ったのよ。中野課長は私なんかいなくても幸せなんだわ。奥さんと子供と一緒で幸せなんだわ」

 まつげの震えがぴたりと止まった。

「私、幸せにならなきゃ。誰にも頼らずに幸せにならなきゃ」

 由衣は顔を上げ、僕に微笑みかけた。

「ごめんね、変な話を聞かせて。君なら嫌な顔せずに聞いてくれるかなって。ごめんね、私、甘えてるよね。誰にも頼らずになんて言ってるのに」

「謝らないでよ。僕で良ければいくらでも聞くよ。頼られなくてもいいんだ。僕のことは電信柱だと思ってくれたらいいから」

 由衣はぷっ、と吹き出した。

「電信柱?」

「そう。黙って立ってるだけだけど、君が誰かに話しかけたくなったら僕が伝えてあげる。だから」

 僕はまっすぐにぴんと背中を伸ばして立つ。

「電話をかける相手が見つかるまでは僕が君の独り言を聞くよ」

 由衣はまた目蓋を伏せた。けれどその頬に落ちたのはまつげの影ではなくて透明な涙だった。

「電信柱くん、少しだけ君の陰で泣かせて」

 由衣の涙はほろほろと流れて綺麗な雨のようだった。僕はただ黙って立っていた。

 涙をぬぐった由衣がまた「ごめんね」と言う。僕は電信柱らしく黙って由衣を見つめた。

「電信柱くん、私、電話はかけないと思う。ライン派だから」

 僕は電信柱じゃなくスマホになるべきだったのか。

「だけど、今日から電話派になる」

 由衣は朗らかに笑う。僕は由衣のために明日も、明後日もまっすぐに立っていようと決めた。

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