へーんしん!
へーんしん!
「ママ、お願いがあります」
富美が仕事から帰ると慶二が玄関で正座して待ち構えていた。
「変身ベルトを買ってください」
両手をついて深々と頭をさげる。とても小学三年生の姿とは思えないほど堂々としている。富美はわざと大きなため息をついてみせる。
「慶二くん。我が家の決まりは知ってるでしょう」
「わかっております。プレゼントはたんじょうびとクリスマスだけ。あとはどんなにオネダリシテもだめ」
「わかってるなら……」
「そこを曲げてお願いいたします!変身ベルトを買ってください」
富美は腕組みして困ったように眉を寄せた。
「なにか理由があるの?」
慶二は顔をあげると、泣きそうな表情で訴えた。
「今期のライダーは人気があります」
「はあ」
「それも母親層に受けがいいんです、イケメン俳優揃いで」
「はあ」
「すると、おもちゃの売り上げがあがるんです!」
「はあ」
「今の売れ行きだとクリスマスには品切れているでしょう」
「はあ」
「だからお願いいたします!クリスマスプレゼント、先渡しでください!」
「それはいいけど、そんなマーケティング情報、どこで仕入れたの?」
「ネットのライダーファンサイトです」
「はあ」
最近の子供の知識はどうなってるのか、と思いつつ富美は慶二にライダーベルトを買ってやった。慶二は買ってもらったベルトを箱から出さず、紙袋に入れたままクローゼットの奥にしまった。
「使わないの?」
「今期のライダーグッズにはプレミアがつきます。大人になるまでの辛抱です」
「はあ」
「それより、僕、自力で変身しました」
「どこが?変わりないように見えるけど」
慶二はにやりと笑う。
「ここ」
服をぺろんと捲ってお腹を見せた。そこには黒のマジックで変身ベルトの絵が描いてあった。慶二は変身ポーズをとる。
「へーんしん!」
「はあ」
「これでいつでも変身できちゃう!」
慶二の密かなイメチェンに富美は今一つ共感できないまま、一週間もするといつのまにか手描きのベルトは溶けて消えていた。
それから二十年、慶二もすっかり大人になった。クローゼットに押し込んだライダーベルトには確かにプレミアがついたが、慶二はすでに売るつもりをなくしていた。慶二自身がコレクターになっていたからだ。
ときおり慶二はクローゼットから秘蔵の変身ベルトを取り出しては腰にあて変身ポーズをとる。そうして幼い頃の自分になっている。
富美はいい年こいて変身しようとする我が息子に痛さを感じつつも、微笑ましく、見て見ぬふりをするのだった。




