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今日のおはなし  作者: 溝口智子
金の糸 15
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祭り囃子の椿事〜名探偵・明智耕輔の事件簿〜

祭り囃子の椿事〜名探偵・明智耕輔の事件簿〜

祇園祭りの準備で賑わう夕暮れ、常のごと小林少年が駆け込んでくる。


「先生!事件です!」


明智耕輔探偵はゆったりとした仕草で助手にソファを示した。


「そんなに慌てずとも事件は逃げません、小林君。まずは座って落ち着きたまえ」


素直にソファに掛けながら少年は叫んだ。


「事件は逃げませんが犯人が逃げます!3丁目の梅屋敷に空き巣が入ったんです」


探偵は組んだ両手に顎を乗せ、ふむと頷く。


「あのマダムのお宅に侵入するとは。なかなか命知らずですね」


少年はきょとんとする。


「命知らず?おばあさんの一人暮らしは空き巣にとって安全でしょう?」


「小林君、君はあの庭を見たことがないのかね?」


「庭……。あ!太郎、次郎、三郎!」


「そう。あの勇敢かつ凶暴なドーベルマンが闊歩する庭。私なら忍び込もうとは思わないね」


「そういえば先ほども、三匹は庭で吠えてました」


探偵は目を細め尋ねる。


「君は直接マダムから空き巣の話を聞いたのだね?警察には?」


「いえ、名探偵がいれば警察などいなくても即解決だろうと言われました」


「盗まれたのは何かな?」


「手提げ金庫です。金品は外出時、持ち歩くので被害はないと。金庫の中身は梅さんの宝物だけど金銭的な価値はないそうです」


「ふむ。では犯人はマダムの宝物が何か知っていてその価値を認めるものか。あるいは、宝物が何か知らず金銭的価値のあるものと勘違いしたか。どちらかだね」


「梅さんは金庫のことを他人に話したことはないと言っていましたよ」


「では決まったね。さて、犯人に会いに行こう」


「え?先生、現場を見ずにわかってしまったんですか?」


探偵は立ち上がり、ジャケットを羽織る。浴衣姿の少年が汗だくなのに、探偵は三つ揃えで涼しい顔だ。


「君もわかるはずだよ。私より大きな情報を持っているのだからね」


「え?僕が聞いたことはすべてお話しましたけれど」


「君が見たもの、については聞いていない。マダムは外出着で手に帝都ホテルの紙袋を持っていたのではないかね?」


「はい!たしかに。でも、どうして先生はご覧になってないのにそのことをご存知なのですか?」


「マダムの親族が帝都ホテルを常宿にしていることは有名です。更に今は祇園祭りの時期。地方で仕事を持つ者も帰省しているはずです」


探偵は帽子を手に取り、さっと扉を開けた。


「さあ出かけますよ、小林君」


「はい!」


小林少年は勢い良く立ち上がり下駄を鳴らして駆けて行った。





帝都ホテルの一室。その男は苦虫を噛み潰したような顔を扉から覗かせた。


「これはこれは名探偵殿。何のご用かな?」


探偵は帽子を取ると軽くお辞儀をして一言だけ言う。


「お母様から伝言です。『手土産を持って自宅へ帰りなさい』では確かにお伝えしたよ」


踵を返し探偵はさっさと歩き去る。少年は真っ赤になった男と探偵の後姿の間に視線を彷徨わせた。男は呆然と探偵を見送るばかり。少年はホテルを出てから探偵に尋ねた。


「先生。あの男、捕まえなくていいんですか?」


「捕まえる?何故?」


「だってあの男が犯人なんでしょう?」


探偵は面白そうに笑いながら小林少年の顔を見る。


「そうか。君の年ではあの男を知らないね。彼の名前は梅木庄之助。マダム、通称梅おばあさんの一人息子だよ」


「え?じゃあ、息子が母親の宝物を盗んだんですか!」


「マダムが昔から大事にしているから金目のものだと思ったのだろうね。彼の事業は傾いていると言う噂です。彼も根は悪い奴じゃないけれどプライドが高い。正直に話して母親から金を借りることが出来なかったんだろう」


「先生は、なんだかあの男のことに詳しいですね」


「彼とは同級でね。あの家にも遊びに行ったことがあるよ。まだ番犬はいなかったけれど」


「あ!そうか!犬達が騒がなかったのは家族だったから!」


「犬は言葉を話さないが案外と色々なことを教えてくれる良い相棒です。家に忍び込んだ息子の性根がまだ腐ってないことを、マダムに伝えたのだろうね」


「だから梅さんは警察に届けなかったのか」


二人は並んで薄暗くなった街を歩く。遠く祭り太鼓が聞こえる。


「先生、もしかして梅さんの宝物が何か、ご存知なんですか?」


探偵は横目で助手をうかがうと楽しそうに笑う。


「心当たりはあります」


「本当ですか?」


「ええ、小学生の時、工作の時間に庄之助が木彫りの犬を彫ったのです。十センチ四方の。それを母親にプレゼントしたら『宝物にする』と言って大層喜んだと聞きました」


少年は呆気に取られてポカンと口を開けた。


「じゃあ、犯人が盗んだ金庫を開けたら……」


祭りの宵が始まる。探偵は楽しそうに笑うと、それ以上は語らずに歩いて行った。

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