風がない日
風がない日
驟雨という雨がどんな雨だか知らないが、沙織は今日の雨は驟雨と呼ぶにふさわしい気がしていた。どんよりした空はどこまでも地面に近づき、粒にもならない細い線のような雨が降っていた。
沙織の家にはサンルームがある。家を新築したとき夫が張りきって作った代物だ。土地利用の都合上、西向きのサンルームで、午前中に干した洗濯ものが、夕方頃までなかなか乾かない。夏の暑い日は別だが、冬の、日が短い頃はちっともだ。風がないというだけで、こんなに違うのかとびっくりする。
帰宅してサンルームに向かう。既に日が落ちて暗くなっている部屋にはシーツが何枚も干してあり、白いシーツの向こうから何かが「ばあ」と出てきそうだ。沙織はことさら急いで忙しそうにふるまって子供じみた恐れを振り払った。
がらんとしたサンルームは火星の移住民のコロニーみたいだ。ガラスの向こうは真空で一歩だって外に出ることは出来ないのだ。
その窓の向こうには星など見えず、窓を開ければ隣家のコンクリート塀があるだけで、それがなおさら閉じ込められた感じを出すのだ、と沙織は思う。
なんとなく湿っとしたシーツにアイロンをかけ、クロゼットに押し込む。ランドリーボックスの中身を洗濯機に入れる。押し入れ、洗濯機、サンルーム、それは魔の三角形だ。足を踏み入れたら、もう逃げ出すことができない。主婦ってそういうことよね、と沙織は思う。
沙織が思うところの驟雨はやんだようで、窓の水滴が消えかかっていた。
明日は今日より日が伸びる。沙織は日の光でピカピカに乾いたシーツを思いながら、洗濯機のスイッチをいれた。
 




