万国菓子舗 お気に召すまま ~春のまにまに~
万国菓子舗 お気に召すまま ~春のまにまに~
「うわあ!春爛漫ですねえ」
舞鶴公園のライトアップされた夜桜は堀の水に姿を写して咲き誇っていた。今夜は店が終わってから皆で集まってお花見だ。皆と言ってもメンバーは代わり映えがしない。久美と壮介、斑目、由岐絵、いつもの「お気に召すまま」のメンツである。
公園はどこも花見客でごった返している。ビニールシートを敷いて思い思いの桜の木の下で浮かれ騒いでいる。公園を取り巻く道路には屋台まで立ち、賑やかだ。
「まるでお祭りですね。花祭りっていうか……」
久美の言葉に斑目が口をはさむ。
「花祭りには少しばかり早いな。それに花祭りっていうのは花見よりは、お釈迦様の聖誕祭を言うのが一般的だ」
「そんな蘊蓄はいいから早く飲みましょう!壮介、席取りはすんでるの?」
由岐絵に肩を揺さぶられた壮介はのんびりした口調で返事をする。
「してないよ」
「はあ?こんなに込み合ってるのに、席取りしてなきゃ座れないわよ」
「由岐絵がずうずうしく割り込めよ。関取みたいに四股踏んで」
にやにやして言う斑目に由岐絵は食って掛かる。
「うるさい、ばからめ。あんたこそ、そのデカイ図体活かして働きなさいよ」
公道で騒ぎ出した二人を久美があわてて止めた。
「探せばきっと見つかりますよ。ほら、行きましょう」
久美が二人を急かす後ろを壮介はのんびりとついて行った。
『万国菓子舗 お気に召すまま』は大正から続く老舗菓子店だ。ドイツ人の祖父から店を継いだ壮介とアルバイト店員の久美の二人で店を守っている。そこに斑目と由岐絵という壮介の幼友達も加わって四季折々に集まっては騒いでいた。
「ええ~、ここぉ?」
四人がぶらぶらと歩いてたどり着いたのは人気が全くない薄暗く静かな広場だった。鴻臚館跡地と看板があり、大きな展示館とだだっぴろい芝生とささやかな桜があった。
「もっと賑やかなところにしましょうよ」
由岐絵の要求に斑目がにやにやしながら答える。
「大丈夫だ。由岐絵が飲んだら人一倍賑やかになるからな」
「なによ、それ。人を酒乱みたいに言わないでよね」
「ほら、二人とも準備できてるよ」
壮介が指差した先、久美がいそいそとビニールシートを敷き、さっさと靴を脱ぎ上がり込んでいた。斑目と由岐絵も久美にならってビニールシートに座り、それぞれ持ってきた包みを開いた。
「食べ物持ちよりなんて、女子会みたいだわね」
「女子は四分の一だけどな」
斑目の言葉に由岐絵が唇を尖らせる。
「久美ちゃんだけをカウントしたわね?私だって女子なんですけどー」
「三十過ぎた子持ちのおばさんを女子とは言えんな」
「なにをー?あんたこそオヤジギャグに磨きをかけてるおっさんのくせに」
「由岐絵さん、ずいぶん大きな荷物ですねえ。何が入ってるんですか?」
久美は二人のかしましい会話の狭間にするりと入り込む。
「もちろん、お弁当です!」
意気揚々と由岐絵が取り出したのはおせちを入れるような立派なお重。うやうやしくその蓋を開けると、中にはぎっしりとお握りが詰まっていた。
「うわあ……。すごい量」
「具は梅、おかか、鮭。一人三個ね」
久美は愕然として目を見開く。
「こんなに大きなお握りを三個も!」
由岐絵はきょとんとして久美の顔を見つめた。
「たった三個よ」
「大きさが問題なんですってば!一個が手のひらサイズじゃないですか」
「食べごたえがあっていいでしょ」
斑目が横から口を出す。
「由岐絵は繊細さに欠けるんだよ。少しは俺を見習うことだ」
斑目がいつものバックパックから取り出したのは味も素っ気もない透明のプラスチック容器。しかし蓋を開けると女子二人から感嘆の声が漏れた。
「ふわあ、斑目さん。もしかして、これ、斑目さんの手作りですか!」
「ちょっとしたもんだろ」
プチトマトとブロッコリーのピックサラダはころりと可愛らしく、サーモンと玉ねぎのマリネにはピンクペッパーを散らして、卵焼きには海苔とシソ、明太子が巻き込まれ、色鮮やかだ。飾り切りされた花型の蒲鉾が酒呑みのチョイスしたメニューだと声高に主張した。由岐絵は悔しそうに唇を噛む。
「男の料理なんて豪快さがウリなんじゃない。綺麗に盛り付けるなんて反則よ」
「反則だって勝ちは勝ちだ。久美ちゃんは何を持ってきたんだ?」
「これです」
久美が開いた大きな弁当箱には唐揚げがみっしりと入っていた。その弁当箱が二つある。
「……豪快ね、久美ちゃん」
「まさに男の料理だな」
久美は頬をふくらませて反論する。
「お花見には唐揚げでしょう!」
由岐絵と斑目は久美の勢いに押され目をしばたたいた。
「唐揚げのないお花見なんて、お花見じゃありません!」
斑目は久美の肩をぽんと優しく叩いた。
「わかった、その意気だ。唐揚げを食べ尽くしてくれ」
「はい!もちろんです」
由岐絵は広場をきょろきょろと見渡している。
「ねえ、壮介はどこに行ったの?」
聞かれても誰も答えられない。弁当の見せあいに夢中になっていた三人は壮介のことを気にしていなかったことに気づいた。
「荷物は置いてありますよ」
「やけに小さいカバンね。ちゃんと食べ物入ってるのかしら」
「まあ、壮介がもってくるものなんか決まってるよな」
斑目の言葉に久美と由岐絵は深くうなずく。
「もちろん、お菓子だよ」
声に振り向くと壮介がビニール袋にいっぱいの缶ビールを抱えて歩いてきているところだった。
「おお。気が利くな、壮介」
「飲み物の屋台が出ていたんだ。珍しく斑目がお酒を持ってきていないみたいだったからね」
「なに言ってるんだ。持ってるに決まってるだろ」
斑目はバックパックから二本のウイスキーの瓶と四つの真鍮製の小さなグラスを取り出した。
「斑目さん、氷とかお水はどうするんですか」
「ウイスキーはストレートだろ」
「えー!アルコール度数高いですよ」
「そこがいいんだろ。でもまずはビールだな。壮介、くれ」
壮介は皆に缶ビールを手渡し、自分も輪に加わった。
「それじゃあ、第二回、お気に召すまま友の会、始めよう。かんぱい!」
「かんぱーい」
斑目の音頭で乾杯して、宴は始まった。
「お、どうした壮介。もうお菓子を出すのか?」
壮介がごそごそとカバンを探っているのに気づいた斑目がカバンを覗きこむ。
「お菓子だけど、ツマミにいいかと思ってね」
出てきたのは広口のガラスのジャーに入った乾パンだった。
「乾パンをツマミに飲むのか……」
壮介は、力の入らない声で呟いた斑目に乾パンジャーを渡す。
「まあ、食べてみてよ」
斑目は乾パンをひとつつまむとサクサクと噛み締めた。
「お。バジルとトマトの味がするぞ。暗くてよく見えんが、練り込んでるのか?」
「そう。明るいところで見たら赤みがかって、バジルの緑の点があるよ」
斑目の手からジャーを奪った由岐絵が久美にも乾パンを渡してやる。
「わあ、乾パンってザクザクで美味しいんですね」
「あら、久美ちゃんは乾パン初めて?」
「はい。聞いたことはありましたけど、見たのは初めてです」
斑目が早くも一本目のビールを空にしながら苦言を呈す。
「久美ちゃん。災害の備えはしておかなきゃダメだぞ」
「一応、非常用袋はありますよ。でも入ってるのは缶詰のパンです」
「乾パンじゃなく?」
「名前は缶パンですよ」
壮介は楽しそうに二人の会話を聞きながらビールを飲む。由岐絵はビール一口で真っ赤になり、唐揚げをぱくつく。久美は斑目の弁当をつつき、斑目はひたすらビールを喉に流し込んだ。
「そういえば、荘介さん、パンは焼けるんですね。料理は全然だめなのに」
「乾パンは、パンというよりビスケットだからね。良く捏ねて良く乾燥させて良く焼くだけ。だけどまあ、僕はパンも焼けます。パンとお菓子は科学だからね。料理は魔法だよ。僕の手には負えない」
荘介の言葉に斑目が膝を乗り出す。
「それなら俺は魔法使いだな」
「斑目さんが魔法を使うって聞くと『魔法使いの弟子』を思い出します」
久美は唐揚げをつぎつぎと口に放り込みながらビールを飲み下す。
「『ファンタジア』の話か」
「そうです。アニメの。小さいころに見て、魔法使いってろくでもないなって思ったとよ」
「しかしだな、ろくでもないのは弟子の方で、魔法使い自身は立派な……」
酔いが回ってきた久美は斑目の言葉をまるっと無視した。
「荘介さん、乾パン美味しいです。トマトとバジルって鉄壁の備えですよね。これでチーズがあったら向かうところ敵なしです」
「ありますよ、チーズ」
荘介は小さなカバンから、どこにそんなに入っていたのかと思うほどのチーズを取りだした。
「チェダーチーズ、ラクレット、ゴーダチーズ、カマンベール、リコッタ、モッツァレラ、クリームチーズ、サワークリーム……」
「荘介さん、それって全部お店の冷蔵庫から持ってきたんやろ?」
「そうですよ、久美さん。よくわかったね」
「わかりますよ。明細書も領収書も管理してるの私なんやから。それより、お店のチーズの在庫をそんなに減らして、明日からチーズケーキはどうするとよ?」
荘介はにっこりと笑ってみせた。その光るような美しい笑みに久美は言葉を詰まらせる。
「もう発注してあるから大丈夫だよ」
久美はもごもごと口の中で何か言いながら、それでも店主の言には逆らえず、黙々と唐揚げを咀嚼した。
「久美ちゃーん、私酔っちゃったあ。介抱してえ」
由岐絵が久美の肩にもたれかかる頃には、唐揚げはあらかた無くなりビールも尽きて、斑目と荘介はウイスキーに手を出した。久美は眠りこんでしまった由岐絵を膝に抱き、ぽりぽりと乾パンをかじる。
「乾パン、意外とツマミにいいな」
斑目が久美の手から乾パンを奪い取りながら言う。
「味付け次第でどんな方向にも持っていけるよね。海苔や唐辛子、それこそチーズもありだし、ケチャップ味もいいかもしれない。いっそサルサソースとか、思い切って牛脂やラードを使って柔らかくしてみたり……」
「荘介さん、柔らかかったら乾パンじゃないですよ」
久美の的確な突っ込みに荘介は照れたように笑う。
「ほんとにお前はお菓子のことになると目の前のことが見えなくなるよな。久美ちゃんも振りまわされて大変だろ」
久美は小首をかしげて人差し指を頬に当て、しばらく考え込んだ。
「そうですねえ。大変と言えば大変です。けど」
荘介の顔を真剣なまなざしで見つめる。
「私、荘介さんのお菓子、大好きですから。どんどん振りまわしてください」
そう言うと久美は満開の笑みを浮かべた。荘介は照れ笑いで頭を掻き、斑目は肩をすくめてウイスキーをあおり、由岐絵はいびきをかきだした。夜空に薄墨に咲く桜はひらひらと、まだ昇りきらない月を待ち望んでいた。
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お気に召すままのレビューをダ・ヴィンチ ニュースさんが載せてくれました!トップページのトピックスに載ってますです。
よかったら見てやってくださいませ~。
↓
http://ddnavi.com/news/292114/a/
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