思い出の館
思い出の館
千鶴は捨てられない女だ。物心ついたころから自分の玩具を人に貸すことすらできないほどモノに執着する。大学生になった今ではバイト代で好きなモノを買いまくり、手のつけようがない。
幸い旧家で広い蔵があったので、そこに捨てられないモノをしまいこんだ。蔵には家伝来のよくわからないモノがあふれていたが、千鶴はそれらも捨てられない。蔵はふくらみぱんぱんになった。
「いい加減にしなさい!」
自室からはみ出して廊下にモノを積み始めた千鶴を父が叱責した。千鶴は首をすくめてモノたちを自室に連れ戻した。部屋の中は足の踏み場もないほどモノで溢れ、山と積まれ、今にも雪崩れそうだった。
「お前は昔からひとつも変わらん」
部屋についてきた父が、部屋の中を見渡してため息をつく。
「もう大人なんだから整理整頓くらい、きちんとしなさい」
「整理整頓はしてます」
「どこがだ」
千鶴は部屋の一番奥の山を指差す。
「あそこが幼稚園のころの玩具たち」
その横の山を指差す。
「あれは小学生の時の洋服」
その隣の山。
「あれは教科書と成績表。ちゃんと年月日順に並んでます」
その手前。
「中高の制服とカバン、それから、あそこは……」
「もういい」
地を這うような低い声で父は千鶴の言葉を遮った。
「もう知らん。勝手にしろ。お前は一人っ子なんだから、この家を継ぐのはお前だ。お前の家がどうなろうと知らん」
父は唇を引き結んで部屋を出ていった。
父からお墨付きをもらった、と千鶴は喜びモノをどんどん廊下に積んでいった。モノたちの侵食は居間に、台所に、洗面所に、トイレにまでも及んだ。父は黙ってそれを見ていたが、こめかみに青筋を立てっぱなしだった。
千鶴は父の青筋を見るたびに今は亡き祖父のことを思い出す。祖父もよく青筋を立てて母を叱っていたものだ。そんな母はモノの山の中で遭難して、いまだに見つかっていない。
千鶴はいつか自分も山に分けいってみたいと思いながら、山を作り続けている。しかし、今はまだその時ではない。思い出に飲まれるのは年をとってからでいい。
千鶴は今日も母の山に負けない高い高い思い出を作っていく。
 




