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今日のおはなし  作者: 溝口智子
金の糸 15
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2035年、元旦

2035年、元旦

 エネルギー枯渇、食糧難が全世界規模になった2030年。日本国政府は国民に完全外出禁止令を発布した。国民は許可なく外出すると終身刑に処せられた。

 公布直後は反発した市民のデモが起きたこともあるが、全員が逮捕、投獄されたという事実が、人々の足を止めた。

 完全外出禁止令が成立した背景には、農工商の完全機械化があった。ロボットテクノロジーが発達した時代に、人は働く必要がなくなったのだ。

 外へ出ずとも衣食住は国が準備しロボット便で分配し、国民は狭い住宅を与えられ、そこで日がな一日、暇を潰す日々を送っていた。

 そんな社会のなか、インターネットは人生になくてはならないものとなった。自室にいながらにして他人と出会うためにはインターネットがもっとも有効だった。

 その男もインターネットに頼る一人だった。政策のために、子供は10歳を過ぎると狭い小部屋で独り暮らしを強いられた。人口増加を止めるためである。男も10歳のころから一人この部屋に住んだ。初めの頃は寂しくて寂しくて泣いたものだが、いつの頃からか孤独を忘れた。ただ、メシを食い、ネットの世界で暇を潰した。


 その女は一児の母だった。九歳になり、別れが近づいた我が子の姿を残したくて、映像記録を撮り始めた。カメラを向けると子供ははにかんで笑う。女はその映像を全世界に配信した。


 男もその映像を見た。ただただ子供が笑っているだけの映像なのだが、なにか気を引かれ見つめ続けた。毎日毎日、変わることなく。


 ある日、映像は外に向けられた。子供がドアを開け出ていくところが撮られていた。画面は小刻みに揺れる。撮影者の震えを伝えるように。映像にむせび泣きの声が被さり、唐突に画像は途切れた。


 男は毎日、また映像が配信されるのを待った。あの震えをまた見たかった。あの震えをどこかで見たことがある、思い出せなかった。すっきりしない。

 数日後、その映像が流れた。画面に映っているのは一人の女。画面に優しい笑顔を向けている。男は胸の高鳴りを覚えた。初めて見る顔なのになぜか、その笑顔が懐かしかった。あったことがない人なのに、その笑顔が嬉しかった。

 女はただ微笑み続けた。別れたばかりで寂しがっているだろう我が子に向けて。次の日も、その次の日も、女は微笑み続けた。

 毎日その笑顔をみるごとに男はだんだん思い出してきた。あの笑顔は、母のものだ。自分の母も、ああやって泣き、ああやって笑ったのだった。母が恋しかった。子供をなくした女が哀れだった。

 女に会いたい。少しでも慰めたい。男は部屋を出た。初めて自らくぐった扉の外、空はどんよりと曇っていた。風は冷たかった。それでも男は歩き出した。

 きっと自分は捕まるだろう。けれど少しでも女に近づきたかった。

 男は歩き続けた。道々、扉が次々と開き、たくさんの人びとが歩き出した。みな静かに歩き続けた。母を求めて、あたたかな場所を求めて。

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