後遺症
後遺症
「インフルエンザですね」
紗世は四十度の熱と寒気、喉の痛みで病院へ来たのだった。恐らくそうだろうとは思っていたが、宣告されると、やはり気が重い。薬をもらいフラフラしながらスーパーで一週間分の食材を買って帰った。
夫は単身赴任。実家は頼れない。息子は三歳。紗世は気合いだけで重い荷物を抱えて帰った。
保育所に息子を迎えに行くのも一苦労だった。マスクを二重にして手指を殺菌してから家を出る。ぜいぜいと息をきらしながら保育所にたどりつき電話をかけて息子を外まで連れてきてもらい、所内感染の原因にならないようにする。持ってきていた除菌ウエットペーパーで手をふいてから息子と手を繋いだ。家に帰ると
「とおるくん、ママね、病気なの。だからね、寝るから。とおるくん、一人で遊べるよね?」
「うん!」
とおるに言い聞かせ寝室にこもり、とおるが入ってこられないように鍵をかけた。
三十分ほど意識なく寝入っていたが
「ママー!ママー!」
というとおるの泣き声で目が覚めた。痛む喉を振り絞りドア越しにとおるに声をかけた。
「とおるくん、ママ、だめだから……。一人で遊んで……」
ドアの外の泣き声はなお一層激しさを増したが、ドアはまるで天岩戸のようにピタリと閉じたままだった。
「ママー!ママー!」
これから一週間、この泣き声にせっつけれなければいけないのかと思うと、それだけで熱が上がりそうだった。
ところが、一時間ほどたった頃、とおるの声がぴたりと止んだ。いったいどうしたのかと不思議に思いドアをそっと開けて廊下を覗いてみるとリビングが明るい。ふらつく頭をかばって、そっと歩いていくと、とおるが夢中でアニメを見ながらスナック菓子をもりもりと食べていた。いつもアニメもお菓子も限定して与えている。勝手に扱うことは叱っているのだが、今日は好きにしてくれるのがありがたい。とおるに気づかれぬように、そっと寝室に戻った。
食事もとおるが好きなハンバーグやスパゲティばかりにして野菜は無理には与えず、とにかく一人で機嫌よくしてくれるように甘甘と甘やかした。
そうして一週間、快復した紗世は寝室の窓を開け放ち爽やかな空気のもと、とおるを抱き締めようと両手を伸ばした。ところがとおるはイヤぁな顔をして、そっぽを向いた。
「とおるくん、一人で寂しかったでしょ?ママぎゅってしようか?」
「いらない。ポテチ食べる」
とおるはリビングに走っていって勝手にスナック菓子を食べだした。
「こら!ごはんの前にお菓子を食べたらダメでしょう」
紗世が恐い顔をしてみせても、とおるは知らん顔でお菓子を食べ続ける。すっかり甘やかされることに慣れてしまっている。インフルエンザの思わぬ後遺症だ。とにかく、とおるのわがまま病をなんとかしなくては。
そう思いながら、手を油だらけにしているとおるを眺め、紗世は大きなため息をつく。この病気はなかなか治りが悪そうだ。




