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今日のおはなし  作者: 溝口智子
金の糸 15
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世界一のスープ

世界一のスープ

生き物の住めない熱い熱い砂漠を越えたところに、その国はある。


美しい湧き水とたわわな果実、めずらしい宝石と勤勉な国民。


その国に行けば両手にあまる宝物が手に入ると、たくさんの人が砂漠を旅した。


だが、多くは砂漠で命を落とし、その国にたどりつけるのはほんの少しの人だけだった。


旅人たちは疲れきり、砂漠をおそれ、また砂漠を越える気力を失った。


余るほどの果物があるこの国にいれば飢えて死ぬことはない。帰る気持ちを失った旅人たちは働きもせず、ただ日をすごした。


サラのスープ屋は、そんな砂漠の国の真ん中、湧き水の噴水のそばにある。


「世界で一番おいしいスープ」と国じゅうの人がほめたたえるそのスープの店。


サラの店にメニューはない。


客がやってきて席につくと、サラはじっと客の顔を見つめる。そして厨房に入り、ことことと火をたいて、ひと椀のスープを運んでくる。


ある人にはかぼちゃスープ、ある人にはクコの実スープ、ある人にはハミウリの冷たいスープ。


客はみな口をそろえて言う。


「ああ、このスープは世界一だ」と。


ある日、サラの店に旅人がやってきた。


ヒゲはぼうぼう、服はぼろぼろ。いつも噴水のそばに寝転がっている男だった。


客はみな黙りこみ迷惑そうに男をながめた。


男が席につくとサラは男に話しかけた。


「うちはスープしかないよ」


男はだまってうなずいた。


サラはじっと男の顔を見つめると、厨房に入って行った。


ことことと火をたく音がして、しばらくするとサラが椀を運んできた。


客はみな、興味しんしんで椀の中をのぞきこんで仰天した。


椀の中にはただの透明な湯が入っていただけだったから。


サラは椀を男の前に置いた。


椀からはほわほわと湯気がたっている。男はだまって椀の中身を見つめた。客たちも男の後ろから覗きこんだ。


湯気がゆらりと大きく揺れたとき、椀の中に年老いた女の顔がうつった。


老女の青い瞳は、その男の目とよく似ていた。男は黙って椀の中を見つめ続けた。


ぽたり、と男の目から涙がこぼれ、椀の中に落ちた。


湯にうつった女の顔がくしゃっと泣いたようにゆがんだ。


湯気が消えるほどに椀の中身が冷めたころには、老女の顔は消えていた。


男はだまったまま湯を飲み干し、静かに立ち上がった。


「最高のスープをありがとう」


「またいつでもおいで。待ってるよ」


「いや、もう来ることはないだろう。私は砂漠を越えて国に帰るのだから」


男は微笑むと店を出て行った。


サラはいつもどおり、椀を片付けた。


全てを見ていた客たちは、それぞれのスープを飲み干して、それぞれに腰をあげて、それぞれの家庭に帰っていった。

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