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春の駆け足
春の駆け足
つい先日まで寒い寒いと分厚いコートを着ていたが、気づけばいつの間にか三月。日差しはすっかり春になっていた。それでもまだ風は冷たいのでコートは手放せないが、春は確かにやって来ている。それを一番感じられるのは、食卓だ。あさり、ふきのとう、タケノコ。春爛漫に腹がなる。
花粉症のため、春は好きかと問われれば迷ってしまうが、春の味はなにより待ち遠しい。花粉症のかゆみなど忘れるほど。
春の味はどこかよそよそしい。冬の間身を潜めていた、そのままに密やかな苦味は、舌に突き刺さる刺激に変わる。馴染まない、媚びない味わいは大人になれば深く染み込み、蠱惑的ですらある。
ふきのとう味噌を舐めながら盃を重ねる。名残の雪の夜にも春の息吹を確かめられる。ほんのり酔って暖まれば体の奥にもぽっと春が灯る。
タケノコは炊き込みご飯に、あさりの吸い物とウドの酢味噌あえの大御馳走があれば体はすでに夏を待つばかり。
春は駆け足で過ぎていく。逃がさぬように腕を大きく広げて待っていよう。寒さに縮こまった体を伸ばして。
春を楽しもう。




