無弾のロシアンルーレット
無弾のロシアンルーレット
「ロシアンルーレットって知ってるか?」
いつものように良平に呼び出されて、足を引きずるようにして体育館の裏に行ったリオは、いつも通りに水をかけられたり服を脱がされたりカバンの角を頭に押し付けられたりしないことに驚き、口を開くことができなかった。
「知らないだろうな、バカだから。教えてやるからこっち来いよ」
良平とつるんでいる颯太と淳がリオの両腕をがっしりと掴んで引きずるようにして歩かせる。良平たち三人は小学校時代から毎日のようにリオをいじり続けていたが、中学生になってからは呼びだされる日が減っていた。と言ってもリオいじりに飽きたというよりは、三人の生活が忙しくなったから、ということと、呼びだした時にリオに与える行為が過激化したためだと思われた。
「銃にひとつだけ弾をこめて、自分の頭に向けて打つんだ。みんなで交代にな。弾が当たったやつが負け。簡単だろ? 楽しそうだろ?」
リオは青くなって首を横に振る。
「そんなことしたら死んじゃう……」
良平は鼻で笑い、リオの頭をわしづかむとぐいぐいと揺さぶった。
「ばーか。銃なんて持ってるわけないだろ。これを使うんだよ」
良平は地面に放り出してあるカバンの中から四本の瓶を取り出した。透明な瓶の中身はどろりとした緑色の液体で、リオは嫌な予感に震えだした。
「一本は幽霊沼の水、あとの三本は普通の青汁。お前から選ばせてやるよ。どれがいい?」
リオは逃げようとしもがいたが、両腕をがっちりと掴まれていて抜けだすことはできなかった。
「逃げるなよ。これは賭けだ。お前にとっても悪い話じゃないんだぜ」
リオは青白い顔色のまま良平の様子をうかがう。いつものようににやにやしておらず、真剣に話しているように見える。
「これで俺たちが負けたらもうお前を呼びださない」
「……うそだ」
良平はリオに近づくと、ぐっと顔を寄せた。
「本気だぜ。こいつらもだ」
両側をはさむ二人を見上げると、二人とも真面目な顔で頷いた。良平は言葉を続ける。
「そのかわり、お前が負けたら一生奴隷だ。どうする?」
どうするも何も、リオに拒否する権利はない。もしも「イヤだ」などと言えば無理矢理に口を開かされ沼の水を流し込まれるだけだ。
「……わかったよ」
消え入りそうな声でそういうリオに良平は四本の瓶を差し出してみせた。
「お前に選ばせてやるよ」
リオは顔を顰める。
「どうせ四本とも沼の水なんでしょ」
「まさか。お前が選んだらみんな一斉に飲むんだよ。それなら心配ないだろ」
四本の瓶を見つめリオは唾を飲み込む。瓶を観察して色見の違いを見つけ出そうとする。けれどどの瓶も同じようにどろりとしていて、同じように臭そうだ。
「早くしろよ」
颯太にわき腹をつつかれたが、良平が目線でそれを止めた。リオは悩みに悩んで、五分ほどたってから一本の瓶を手に取った。残りの三本を良平たち三人は分けて手にした。
「いいか、飲むぞ」
良平の言葉に頷き、リオは瓶のふたを開け液体を一気に飲み干した。すぐに喉を押さえ胃の内容物と共に液体を吐きだす。
「うっわ、きたねえ」
「さいあく」
颯太と淳が口々に罵り、吐瀉物の上にリオを突き倒した。
「あーあ。せっかく自由にしてやろうと思ったのに」
にやにやと言う良平をリオは睨みつける。
「どうせ後の三本も沼の水なんでしょ。お前たち飲んでないじゃないか」
三人は瓶の中の水をリオの頭に浴びせかけた。良平はリオの髪を掴むと、左右にぐいぐいと揺らしリオを突き飛ばした。
「あたりまえだろ、どうして俺たちがお前と約束しなきゃならねえんだよ。お前は黙って沼の水のん出りゃいいんだよ。まだなにか文句あるのか?」
リオは立ちあがるとにっこりと笑った。
「うん。いいよ、もう何も言わない」
良平はリオの笑顔を睨みつける。
「なんだよ、むかつく笑い方しやがって」
リオは声を上げて笑いだし、良平はリオの腹を強く蹴った。リオはさらに吐瀉物を撒き散らし、それを靴に浴びた良平はさらに強くリオを蹴る。
さんざん蹴りつけて満足したらしい三人はリオを置いて去っていく。
「明日もここに来いよ。待ってるからな」
三人の背中を見送りながらリオは嬉しそうに、心底うれしそうに笑った。
その夜、リオは激しい痙攣と嘔吐で救急搬送された。すずらん毒の中毒と診断され、生死をさ迷った。再びリオが目を開いた時には三日が過ぎていた。リオの目を見た母親がリオに抱きついた。
「ばか!なんでロシアンルーレットなんてしたのよ!沼の周りにはスズランが咲いてるのよ!毒なのよ、すずらんは!」
リオは黙って微笑んだ。
良平の鞄からすずらんの毒性について書かれたサイトのプリントが見つかった。リオはその話を聞いている時も、良平たち三人が少年鑑別所に送致されたと聞いた時も黙ったまま微笑み続けた。まるですずらんのような美しい笑顔だった。




