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今日のおはなし  作者: 溝口智子
金の糸 15
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じりりん……第二話

じりりん…… 第二話

「真也くん、ご飯、食べましょ」

 祖母の言葉に真也は首を横に振る。葬儀場の火災で一人生き残った真也は警察に保護されるまでテレビカメラに囲まれ、おびえきっていた。警察署に真也を迎えに来た母方の祖母は真也を抱きしめたが、真也は体を固くしたまま、表情が抜け落ちた顔でぼんやりするだけだった。

 火災の原因は不明で、出火元と目される祭壇のそばにいた真也がなぜ無事だったのかと、警察の捜査は子供に対するものとは思えないほどにきついものだった。聞き取り調査が連日続くうちに真也は喋らず、眠らず、食べなくなった。

 警察の聴取は終わっていなかったが、祖母は田舎の家に真也を連れて帰った。しかし田舎の方が真也にとってはつらい環境だったかもしれない。近隣の知り合いがこぞって真也を見舞ったのだ。心からの哀悼もあれば、興味本位の覗き趣味の者も多かった。祖母は真也を二階の客間に隠し、訪問客には一切会わせなかった。


 真也がやってきて一週間がたった。食べ物を一口二口は食べるようになったが、あいかわらず眠れないようだった。夜は祖母の隣の布団に横になり、母の形見のスマートフォンを握りしめてぼうっとしているだけだ。真也の小さな背中を見つめながら、明日は病院に連れて行って睡眠薬を処方してもらった方がいいかもしれない。そう思いながら祖母は眠りの中に落ちていった。


「……ジリリン、ジリリン、ジリリン……」

 電話のベルで祖母は目を覚ました。昔懐かしいダイヤル電話の音だ。若いころの夢を見ているのだとぼんやり思い、うつらうつらとしていた祖母はふとベルの音がすぐ近くから聞こえている事に気付いた。目を開けると、横になった真也が両手で握ったスマートフォンが明るく光っているのが見えた。誰からの着信だろう、祖母は手を伸ばそうとした。けれど体はピクリとも動かない。目だけはかろうじて動かせたが、目の前の真也の顔しか見ることができない。

「ジリリン、ジリリン、ジリリン」

 ベルはなり続ける。誰からの電話だろう。娘の知り合いだろうか、親戚の誰かだろうか。どちらにしても亡くなった者に電話するというのは不調法ではないか。祖母は金縛りにあったままの頭を必死に動かそうとした。電話を止めなければ。真也が興味本位な誰かの不躾な言葉を聞く前に。だが、祖母の努力もむなしく真也は通話ボタンをタップした。

『もしもし、真也?』

 聞こえてきたのは娘の、真也の母の声だった。

「もしもし、ママ。用事、何かわかるよ。当ててみせようか」

 真也はににこにことスマートフォンに話しかける。

『ええ、当ててみて』

 娘の声に驚いた祖母の目は見開かれ、スマートフォンに照らされた真也の楽しそうな笑顔に吸いつけられた。真也は祖母と目を合わすと一層うれしそうににっこりと笑う。

「おばあちゃんにも来てほしいんだよね」

 ぞくり、と背中に冷たいものが走った。ふっとスマートフォンの明かりが消え、部屋の中は真っ暗になる。祖母は真也に手を伸ばそうとするが、金縛りは解けずただ、目をしばたたく。

 ざあっと襖が開く音がした。きし、きし、と畳を踏む音が聞こえる。真也だろうか? そう思ったが、真也の息づかいは目の前から聞こえてくる。きし、きし、きし、と足音は背後に近付く。

「じりりん、じりりん、じりりん、じりりん」

 真也が電話の音を真似る。

「じりりん、じりりん、じりりん、じりりん」

 きし、きし、と足音は近付く。その時、スマートフォンが光った。

「母さん、いっしょに行きましょう」

 背後から声がして、首筋に冷たい手が触れた。ふいに金縛りが解けた。祖母は恐る恐る顔を横に向ける。祖母に半ばかぶさるように影が動いた。焼けただれた皮膚がぬるりと落ち、祖母の顔に貼りついた。

「じりりん、電話だよ」

 真也の声を最後に、祖母の意識はなくなった。


 雀の鳴き声で祖母は目覚めた。目の前では真也が安らかな寝息を立てていた。自分の顔を触ってみる。そこには爛れた皮膚など貼りついておらず、祖母はほっと息を吐いた。真也を起こさないようにそっと部屋を出る。洗面所に入り、鏡を見た祖母は小さく「ひっ」と悲鳴を上げた。

 鏡に映った自分の顔はひどいやけどをしたように、赤黒い水ぶくれが出来ていた。そっと触ってみると、先ほどまで無かった水疱の感触がある。

「じりりん、じりりん、じりりん」

 声に驚いて振り返ると真也がスマートフォンを手に立っていた。

「電話だよ」

 真也が差し出したスマートフォンを手に取る。着信画像は娘の顔写真だった。真っ黒に、骨が見えるほどに焼け焦げていた。

「電話だよ。ママからだよ。ぼく、わかるんだ」

 祖母はゆっくりと真也の手からスマートフォンを受け取った。

『もしもし、母さん』

「……もしもし」

『電話に出たらだめ。真也が何と言っても電話に出たらだめよ』

 唐突に通話は終わった。真也がにこにこと手を差し出す。

「ママのスマホ、返して」

 祖母が真也の手にスマートフォンを渡そうとすると、廊下に置いてある固定電話が鳴りだした。じりりん、じりりん、じりりん、じりりん……。祖母は電話を見つめたが、近寄ることができない。

「おじいちゃんからだよ」

 真也はかわらずにこにこしている。

「おじいちゃんも寂しいって言ってるよ。おばあちゃんも来てって言ってるよ」

 祖父は八年前に亡くなっている。けれど祖母にも、その電話は亡夫からのもののように思えた。祖母は電話に手を伸ばした。

『だめよ、母さん、だめ』

 スマートフォンから声がしたが、真也はすぐに通話を切った。

「じりりん、じりりん、じりりん」

 電話のベルに合わせて真也がはしゃいだ声を出す。祖母は受話器を取り、耳に当てた。

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