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今日のおはなし  作者: 溝口智子
金の糸 15
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オソの望郷

オソの望郷

 オソの父は最後の火炎土器の作り手だった。焼き手達が次々と装飾を捨てていく中、父はかたくなに火炎文様を刻み続けた。けれど客は使いにくく重い火炎土器よりも、安価で軽い、つるりとした壺を好んだ。

 父は売れない火炎土器を背負い近隣の村に売りに行ったが、そこでも使われているのは新式の土器ばかりだった。

「南へ行こうと思う」

 父の言葉に驚いた母は手にしたいちじくを取り落とした。

「南なんて、野蛮な未開拓人の土地だというじゃない」

「そんなのは、ただの噂だ。それに未開拓ならば、なおさら火炎土器が売れるはずだ」

 両親はそれから幾晩も話し合った。両親の話を聞いていると、まだ三つのオソは暖かな焚き火にあたっているのに体の隅から冷えていくように感じた。

 どうしてもという父は、母とオソを捨ててでも行くという勢いで、母はとうとう折れた。身の回りのものと少しの食料、それと父の火炎土器を抱えて南へと歩き出した。

 初夏のこと、道々、森が続き食べるものには困らなかったが、履き物がすぐにだめになったのには参った。蔓を編んで簡易の履き物にしたが、幼いオソのやわらかな足裏には固すぎて、オソは痛がって泣いた。しかたなく母が背負って歩いた。父は片時も火炎土器を身から離さなかった。オソは母の背から先を歩く父の持つ火炎土器の美しさを見つめた。

 母が倒れたのは家を出てから十三日目。三日降り続く雨に打たれ熱を出した。父は雨があたらない木群を見つけ、母を運んだ。清水から土器で水を運んだが、母は分厚く突起だらけの土器からうまく水を飲むことができず、水は母の胸に伝った。母はそのまま起き上がることなく息絶えた。

 父は穴を掘り母を埋めた。火炎土器を背負うとオソの手を引き歩き出した。

 その村についたのは母が死んで四十日ほどたった頃だった。村人が十五人しか住んでいないこじんまりした集落だった。人々はいまだ米を作ることを知らず、木を削った椀や石製で重く動かせないような水入れなどを使っていた。

 父は村人に火炎土器を見せ、その素晴らしさを説いた。村人は父とオソを歓迎した。

 この村に居を構えようとした父とオソは、案に相違してすぐにまた旅立つことになった。オソ達のいた村に出かけていった者が、薄い土器を持って帰って来たのだ。村人は父に火炎土器はやめて薄い土器を作ってくれと頼んだ。けれど父は応じずに南へ歩き出した。

 それから一年、オソは父のかわりに土器を背負えるほどに成長していた。父は老いた。母を亡くし、歩き続け、どこの村でも火炎土器はいらないと言われ続けた。

「オソ、もうやめようか」

 ある夜、焚き火のそばで父が言った。

「もう火炎土器は誰にも必要じゃないんだ」

 オソは炎を見つめた。

「俺は火炎土器が好きだよ。作りたいよ」

 父は炎に照らされ赤い顔にやわらかな笑みを浮かべた。

 二人は次の村に住み着いた。そこで良い土を探し、火炎土器を作る。村人はやはり火炎土器を不要なものと見向きもしなかったが、オソは毎日、父から火炎土器の作り方を教わった。父が病に伏した時、オソは十才になっていた。

「オソ、お前は土器をやめてもいいんだぞ」

 寝たきりの父の言葉にオソは微笑んで答えた。

「俺は南へ行くよ。きっと火炎土器を必要な人はいる」

 父は涙を浮かべ小さく頷いた。

 それからしばらくして父は亡くなり、オソは旅に出た。どこまでもどこまでも南へ。

 けれどオソは知っていた。火炎土器の時代は終わったのだということを。自分は生まれる時代を間違えたということを。それでもオソの目の奥に、いつまでも火炎土器はある。母の背に負われて見ていた父の火炎土器。その火炎を求めてオソは歩き続けた。

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