石の女
石の女
「ほんとにあの嫁は何の役にも立たなかったねえ」
たづの言葉に夫の茂吉も頷く。
「貧乏小作の娘でも我が家のための肥やしにはなるだろと思って貰ってやったが、孕みもしねえで無駄飯食うばかり。石はやっぱりただの石だ」
両親の言葉を吾一は唇を噛んで聞いていた。お岩は恋女房だった。是非にと頭を下げて、来てもらった娘だ。けれど両親にとってお岩は子を産むための家畜でしかなかったのだと吾一は思い知った。
「吾一、次はちゃあんとした嫁を選ぶから、お前も二度と口出すんじゃねえぞ」
茂吉の言葉に吾一は返事もせず床をにらみ付けていた。
新しい嫁はまるまると肥って腰が張っており、いかにも多産の相をしていた。嫁は屈託なく笑い、両親に可愛がられていたが吾一はどうしても嫁に触れる気にはならなかった。嫁は首をかしげながらも吾一に文句を言うでもなく日は過ぎて行った。
嫁の叫び声が響き渡ったのは明け方の事だった。嫁と離れた寝間に居た吾一が駆けつけると、嫁は白目を向いて事切れていた。嫁の腹の中には大量の石が詰められていた。茂吉はその様子を見てひどく震えた。
喪が開けると両親はまたすぐに嫁を取った。その嫁もすぐに石を腹に詰められて死んだ。死体からは腐っもののような臭いがしていた。たづはその様子に真っ青になり気を失った。
そのまま寝ついたたづは毎夜うわごとを言う。
「石の女のたたりだ、石の女の」
それを聞くと茂吉は真っ青になる。吾一は茂吉を問い詰めた。しかしいくら脅しても頼みこんでも茂吉は口を開かない。茂吉は次第にやせ細っていった。うわごとを言い続けたたづが死んだ時、検められた死体の腹にはやはり石が詰められていた。茂吉も日をおかず死んでいった。
一人きりの家の中、吾一は眠れずに過ごす事が増えた。その夜々に細く泣く女の声を聞く事があった。いずれの嫁が泣いているのか知らぬまま吾一はぼんやりと聞いていた。
ある夜、廊下を何かが這いずる音が聞こえた。その音が近づくにつれ「吾一さん……、吾一さん……」と吾一を呼ぶ声がする。
「お岩か!」
吾一は廊下に飛び出したが、そこには何もいない。だが、廊下には確かに何かが這ったあとがある。べたべたとして腐った臭いのするものだ。死んだ妻たちの死体から臭ったものだ。吾一はそれを辿っていった。
たどりついたのは家の裏の今はもう使われていない納屋。釘が打ちつけられ固く閉ざされていたが、吾一は扉を鉈でたたき割り中に入った。月明かりにすかして見ると、なにやら天井から吊り下げられたものがある。近づいてよく見ると、それは女ものの着物だった。
「お岩……」
お岩がたった一枚もってきた、貧しいお岩の両親がなんとか工面した金でこしらえた着物だった。腰のあたりを綱でくくられ天井から吊るされているのだった。着物の中にはまっ白な骨が、真っ黒な二つの眼窩で吾一を見上げているのだった。
「お岩……」
吾一は骨に近寄ろうとして足元に落ちているものに気付いた。それは小さな小さな人骨だった。赤ん坊のものであろう小さな骨だった。吾一はしゃがみ込むとその骨を抱き上げた。あまりに小さくあまりに軽かった。
「お岩、ここで子を産んだのか。くびり殺されたのに子を産んだのか」
吾一は泣き崩れた。
「無念だったろうなあ。つらかったろうなあ」
綱をときお岩の骨を下ろすと赤ん坊の骨と一緒に抱き上げ納屋を出た。家に戻り二つの骨を布団にきれいに寝かせ、吾一は家に火を放った。火はあっという間に吾一を取り込み肉を焼いた。
家は三日三晩燃え続けた。いくら水をかけても火は燃え続けた。村人はただ茫然と見つめるしかなかった。
燃えあとから三人分の骨が出てきた。三人は並んで安らかに弔われたかのように見えた。村人は家があった場所に骨を埋め塚を立てた。月のない晩にはその塚から子守唄が聞こえるようになった。それはそれは優しい歌であった。




