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今日のおはなし  作者: 溝口智子
金の糸 15
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古書店にて

古書店にて

 古書店『玄武堂』の店主直枝は遺品整理屋から古本を買い上げた。ミカン箱ほどの段ボールに二つ、ぎっしり入った古書たちは故人の性格だろう。折り目も書き込みもなく、表紙にも傷はなく美しかった。書名のラインナップから見ても、深く本を愛した人だと感じられた。

 遺品整理屋は故人の情報を明かすことはない。守秘義務をきっちり守る。直枝はこの本たちの持ち主だった人のことが知れないのを残念に思った。この店に来てくれたら、どんな本に興味を持っただろうか。本を選ぶときはページの最初から読んでみるのか、後書きからか。はたまた著者プロフィールか。想像しても答えはないと知っていても考えは勝手に湧いてくる。直枝は手を動かしながら故人に思いを馳せた。

 一冊の本を取り上げ、ふと手が止まった。本の間に何か挟まっていた。ページを開いてみると、黒い紙の表紙の手帳だった。厚さ五ミリほど、縦横五センチほどの正方形で、罫線はなくページは真っ白だった。ペラペラと捲ってみたがどのページも真っ白だ。最後のページを確認し、裏表紙を見ると、そこに名前が書いてあった。

「貫井正一」

 故人の名前だろうか。几帳面な文字で、やや角張っている。メモ帳の下半分を使った堂々とした大きな文字だ。直枝はメモ帳が挟まっていた本の表紙を読んだ。

「wonder Iceland」keiko kurita

 アイスランドの風景が写された写真集だった。アイスランドについて直枝は何も知らない。名前の印象から、一面真っ白な硬い雪原を想像していた。表紙はそのイメージに近かったが、一面の雪原に雪をこんもりかぶった一軒の小屋の写真。冷たい世界の中、その窓の灯りは暖かかった。直枝は初めからページを捲っていった。

 浅い緑の原っぱ、どこまでも青い空、風に揺れる黄色い花。どこか懐かしい、けれど知らない土地、知らない国。最後のページまで捲っていって、直枝の心は世界を一周したように満たされていた。

 手帳を開いてみる。そこには何も書かれてはいない。けれど直枝は貫井正一と向かい合った気持ちになっていた。本を挟んで二人でアイスランドについて語り合った気がしていた。それはとても短い、目くばせするほどの間でしかなかったが、貫井正一は確かにそこにいた。

 直枝は手帳を元通りに「wonder Iceland」に挟んでぱたりとページを閉じた。

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