株式会社 ゆーのー 2
株式会社 ゆーのー 2
「ヤマザキくん、カセットテープって知ってる?」
事務所の掃除をしているヤマザキに、いつの間にかスーツから白装束に着替えた社長が聞いた。
「は? なにテープって言いました?」
「カセットテープ」
「いや、知らないす」
ヤマザキは腕輪をジャラジャラいわせながら華麗にホウキを操る。視線を床に戻し掃除に没頭しようとしたが、社長はぐいぐいヤマザキに近づき、手にしたカセットテープをヤマザキの鼻先に突き付けた。
「なんすか、それ。小さいビデオテープすか?」
「あ、ビデオテープは知ってるんだ。君、何年生まれ?」
「1994年す」
「うわあ、最近の若者は生まれ年を元号じゃなく西暦で言うんだ」
「いや、知らんすけど、カセットテープってなんすか」
社長は手にしたマクセルのカセットテープを人差し指と親指でつまんで反対の手で鼻をつまんだ。
「呪われたカセットテープだよ」
「のろわれたかせっと? ドラえもんの道具みたいな名前っすね」
「ちなみに、聞くと夜寝るときに金縛りにあう」
「聞かなきゃいいんじゃないすかね」
ヤマザキは再びホウキを動かそうとしたが、社長はその手を取り、カセットテープを握らせた。
「今日の仕事。カセットテープを聞くこと」
ヤマザキはカセットテープをつまんで眉をひそめた。
「カセットテープは聞くものだってことはわかったっす。それより、何が入ってるんすかね」
「呪いの歌声」
「はあ。で、聞いてどうするんすか?」
「歌う」
「はあ?」
「呪いの歌にあわせて歌う。じゃあ、奥にいって、さっそく聞いて」
社長にホウキを奪われ背中を押され、仕事場である畳敷きの部屋に押しやられた。部屋の真ん中には電子レンジを一回り小さくしたような機械が置いてある。黒くどっしりしたフォルムは古きよき日本工業の技術力をうたっているようだった。
ヤマザキは機械をあちらこちら触ってみた。機械に強いらしく、すぐにカセットテープを正しく機械に挿入し、再生ボタンを押した。
しばらく無音が続き、どこからかカサカサと布が畳を擦るような音が聞こえてきた。ヤマザキはスピーカーに耳をくっつけてみたが、音は誰もいないはずの背中側から聞こえるようだ。
ヤマザキがおそるおそる振り返ると、そこには振り袖を着たおかっぱ頭の四、五才くらいの女の子がいた。ヤマザキはほっと息を吐くと女の子に話しかけた。
「よう、どっから入ったんだ? ここは関係者以外立ち入り禁止だぜ」
女の子はヤマザキの言葉が聞こえていないようで、虚空を見つめぼんやりしている。
「よう……」
突然、女の子は歌い出した。
「ひとりの象さん、蜘蛛の巣に」
「は?」
「かかって遊んでおりました」
「え、なんで歌うの?」
「あんまりゆかいになったので、もひとりおいでと呼びました」
「はあ。それで?」
「ふたりの象さん、蜘蛛の巣に」
女の子と声をあわせてカセットからも歌声が響き出した。ふたつの声はぴたりとユニゾンして深い響きを生む。
「もひとりおいでと呼びました」
ヤマザキは女の子とカセットデッキを交互に見比べていたが、歌がおわりそうだ、と女の子に話しかけようと口を開いた。
「「「三人の象さん、蜘蛛の巣に」」」
「!!」
意に反してヤマザキの口からは歌が飛び出した。甲高い声で女の子とあわせるように口が勝手に歌ってしまう。
「もひとりおいでと呼びました」
気づけば体はぴくりとも動かせず、口だけがぱくぱくと歌い続ける。
「四人の象さん、蜘蛛の巣に」
ヤマザキは必死に金縛りを解こうと気張ったが、どうやっても体は動かない。
「五人の象さん、蜘蛛の巣に」
「六人の象さん、蜘蛛の巣に」
「七人の象さん、蜘蛛の巣に」
「八人の……」
歌は延々と続き、ヤマザキの声は嗄れてきた。
「百八人の象さん、蜘蛛の巣に」
もう嫌だ、もう勘弁してくれ。ヤマザキの意識は千三百六十四人の象さんと共に、闇に沈んだ。
目を覚ますと社長がヤマザキの顔をのぞきこんでいた。
「はい、お疲れさま。今日の仕事はしゅうりょー」
起き上がれないヤマザキの手に、社長は日当の二万円を突っ込んだ。ヤマザキは動かしすぎて痛みを通り越し感覚がなくなった顎を無理矢理動かして何事かを社長にうったえようとした。
「あー? なに?」
「ゾウは」
かすれて言葉か息かさえわからない声でヤマザキは呟いた。
「象は一頭って数えるんだ……」
その夜、ヤマザキは一万頭の象と縄跳びをする夢を見た。
 




