今日から僕は
今日から僕は
「翔くん、髪型変えてみる?」
床屋さんのおばさんが、そう聞いてくれたのは、僕が小学校を卒業する日の前の日だった。
僕はいつも昔話に出てくる金太郎みたいな髪型で、テレビコマーシャルのせいもあって、みんなから「金ちゃん」って呼ばれてた。みんなは悪気はないんだけど、僕は金ちゃんって呼ばれるのが嫌だった。
だけどママは「男の子はこの髪型が一番かわいいの」といって僕が嫌がってるなんて気づきもしなかった。けど、勝手に髪型を変えたらママは怒るんじゃないかな。僕がためらっていると、おばさんが言った。
「せっかくの卒業式だし、イメチェンしてみる?」
「イメチェンってなんですか」
「新しい自分に変身すること」
変身。ずっと憧れていた言葉だ。僕は幼稚園に通っていたころから仮面ライダーになりたかったんだ。おばさんはどうしてそれを知っているんだろう。
「変身、したいです」
おばさんは鏡の中でにっこりすると僕の髪にクシを通してハサミを入れた。切られてパサリと落ちた髪は、いつもよりずっと多くって、どんどん頭が軽くなるみたいだった。パサリパサリと僕の心も軽くなっていった。僕はうっとりと目を閉じた。
「はい、できあがり」
肩にかけた布をふわりとはずして、おばさんが言った。僕はおそるおそる目を開けた。
「わぁ」
鏡の中の僕は今までの僕じゃなかった。カッコいい髪型で、顔だってちょっとカッコよくなったみたいだ。もう全然、金ちゃんじゃない!
お金を払ってお店を出て、家に近づくにつれて、僕は緊張してきた。勝手に髪型を変えて、ママはなんて言うだろう。
びくびくしながら家に入ると、ママがキッチンから顔を出した。僕と目が合うとニコリと笑った。
「あら、カッコいい! 佐藤健みたい」
ママは全然怒ったりしなかった。嬉しそうに笑ってくれた。僕はママ以上に嬉しくなった。
「ねえ、ママ。佐藤健ってだれ?」
「あなたが好きな仮面ライダー電王の主役の俳優さんよ。翔はキンタロスが好きだったわよね」
「え……キンタロ……」
「主人公が変身する、金太郎のキンタロス。覚えてない? 金ちゃんのこと」
「……」
僕は変身しても、やっぱり金ちゃんなんだなと思うとがっかりしたような、でもなんだか勇気が湧くようなきがした。
「僕、仮面ライダーみたいにカッコいい?」
「うん! すごくカッコいいよ」
「世界の平和は僕が守るからね」
僕は金ちゃんだけど、昨日と同じ僕じゃない。僕は胸をはって変身ポーズを取った。
 




