株式会社 ゆーのー
株式会社 ゆーのー
ヤマザキが仕事を選ぶ基準は社風である。というか、服装規定がなくヤマザキが愛するパンクな服装でも受け入れてくれるところだけを求めていた。髪形も頭頂部だけ金髪を残したツーブロックだし、ピアスは耳だけでなく唇にもついているし、皮ジャンには鋲がぎらぎらついているし、手首にはブレスレット、というよりは猛犬の首輪のような腕輪がついているし……、枚挙にいとまがないほど一般的な企業では就業させてもらえないだろうファッションなのだ。それがポリシーで生き甲斐なのだ。妥協はできなかった。
色々な会社に問い合わせ、一社だけ服装完全自由という会社を見つけた。ヤマザキはその会社にすべてをかけて面接に行った。ここがだめならば一生、仕事は見つからないと腹をくくって。
「あ、合格。明日から来てくれる?」
「は?」
「都合が悪いなら明後日でも良いけど、なる早で入って欲しいんだよねー。人手足りてなくてさ」
「はあ……」
会社のドアを開けて名乗った瞬間、採用が決まった。社長らしい五十年配の男性はヤマザキの格好を見ても眉毛一本動かさずヤマザキが差し出した履歴書を一瞥しただけで適当に机の引出しにしまった。
「じゃ、明日からよろしく」
ヤマザキは茫然としたまま帰りの電車に乗った。電車に揺られるうちに、ふつふつと就職できた喜びが湧いてきた。無言で両手を天に突き上げ、乗客をびくつかせたりしながら家に帰った。
翌日、初出勤に緊張して会社のドアを開けると、社長が机に突っ伏して寝ていた。盛大ないびきをかいている。起こしていいやらどうやら分からなかったので、ヤマザキはドアのそばに突っ立って待つことにした。部屋の中を見回すと、会社というよりおばあちゃんの家に来たようで、壁には北海道と書かれたペナントが貼ってあり、その下の棚には鮭をくわえた熊の置物がある。反対側の壁には派手なアロハシャツがかかったコートかけがある。古民家をそのまま使っているようで、見上げた天井には人の顔にも見えるシミがいくつもある。雨漏りするのかもしれない。
古めかしい振り子時計が九時を知らせるボンボンという音に、社長はむくりと起き上がった。
「じゃ、働こうか」
ヤマザキがいることに微塵の違和感もないようで、社長は立ちあがると奥の部屋に入っていく。あんぐりと口を開けて社長の寝起きの良さに驚いていたヤマザキはあわててついていった。
廊下を歩きながら社長に聞いてみた。
「そう言えば、俺の仕事は何っすか」
「ヨリシロ」
「はあ?」
「やってみればわかるよ。今日は三件予約が入ってるから。じゃ、そこの部屋で待ってて」
そこ、と指差されたのは畳敷きの十畳の部屋で、座布団が三枚敷いてある。はたしてその座布団が客用なのかわからず、ヤマザキは畳にじかに胡坐をくんだ。しばらく待つと、社長が白い着物に白い袴姿で部屋に入ってきた。頭には榊の枝が三本、麻の緒で結びつけられている。
「なんすか、その格好」
ヤマザキは茫然と社長の服装に見入る。
「見ての通りの白装束だ。そんなとこに座らんで座布団使え。そうそう、それでいい。じゃ、始めるぞ」
その瞬間、ヤマザキの意識は途切れた。
次に目を開けた時、なぜかヤマザキは立ったまま壁に額を当てた状態で両手をあわせ合掌していた。
「……なんすか、これ」
「うん。なんだろな。まあ、それよりお前、よくやったよ。合格。あと二件も頼むわ」
ヤマザキが身を起こして振り返ると、社長の頭の榊が一本はずれて部屋中に榊の葉が散乱していた。社長は手早く葉っぱを片付けると、ヤマザキの肩を押して座布団に座らせた。今度は社長が何も言わないうちにヤマザキの意識はなくなった。それをあと二回くりかえし、気がつくと時刻は午後六時になっていた。ボンボン時計が鳴る音で、ヤマザキは昼飯を食ってないことに気付いた。
「やー、入社初日からわるかったな、忙しくて。普通は一日一件程度なんだが。腹減ったろうメシ行くか」
社長は白装束でなく普通のスーツ姿に戻っており、ヤマザキは狐につままれた思いだった。
「で、ヨリシロってなんなんすか」
タンメンをすすりながらヤマザキが聞くと、社長は餃子を飲みこんでから答えた。
「霊をおろすんだよ、ヤマザキくんのなかに。で、依頼者と話してもらう。そんだけ」
「そんだけって……、霊とかなんとかあるわけないじゃないっすか」
「うん、それでもいいけど、明日も来てよね。予約入ってるから。それと昼飯はおごるから」
「はあ……」
ヤマザキは日当の二万円をポケットに入れ、帰路についた。なにもかも分からなかったが、とりあえず一つわかった事がある。霊能力者の普段着がスーツだ、ということだ。
世の中は深い。ヤマザキは少しだけ大人になった。
 




