あの白い雪が
あの白い雪が
あの日も雪がふっていた。うすぎたない灰色の空から、どうしたら、あのまっしろな雪が生まれるのだろうと空を見つめていた。塩気をたっぷりふくんだ海風は冷気をべたべたと肌になすりつけて、こごえた肌はひりひりと痛む。
もう二時間、太一は浜に立っていた。昨夜の大雨が流しさってしまった太一の大事なものを見つけようとして。
海には水難救助の船が出てオレンジ色の制服の人たちが、おっちゃんを探してくれていた。クロもブチも走って逃げたけど、足の悪いおっちゃんは鉄砲水から逃げ遅れたのだろうと大人は言った。橋の下のおっちゃんの家はぼろくずも残さず流れ去った。
どうしたら、あの白い雪がふるのだろう。昨夜はたしかに雨だったのに。
おっちゃんは太一が小学校から走ってくると、ちらりと太一を見やり腰を浮かして、太一のためにベンチを半分あけてくれた。太一が学校であったことを話すのを黙って聞いてくれた。テストで百点をとったら頬のあたりに微笑をうかべた。どれも太一がほしくてほしくてたまらなかったものだ。生まれてから十年間、求めても得られなかった、親からも誰からも、もらえなかったものだ。
雪が太一の肩にふりつもる。どうしたら、こんなに。
船のあたりの動きがはげしくなった。海の中から何かが船の上に引っ張りあげられるのを見た。
いつのまにやってきたのかブチとクロが太一のそばに立っていた。二匹とも海を見ていた。船は拾い上げた何かと、オレンジ色の隊員たちを乗せて港へ向かう。太一は空を見上げた。
うすぎたない灰色の空から、どうしたら、あのまっしろな雪が生まれるのだろう。その白は太一を包み、太一の灰色のセーターを白く染めていく。白が太一を包んでいく。
太一はそのまま大人になった。今ならわかる。川は海になり、海は雲になり、雲は雪になり、雪は太一になった。
うすぎたない灰色の空から、どうしたら、あのまっしろな雪が生まれるのだろう。太一はその答えを手にいれて、けれどそこから歩き出すことができなかった。
ブチもクロもとうに死んでしまって、太一は一人きり、浜に立っていた。太一の肩にふりつもる雪はいつもかわらず白かった。
まっしろな雪はいつも太一の肩にふりつもっていた。




