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今日のおはなし  作者: 溝口智子
金の糸 15
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懐かしのおもかげ

懐かしのおもかげ

 カンナハは長命族の最後の一人だ。長い髪と透き通るような美しい声をもった女性だった。長命族は見た目は人間と変わらないが病気をほとんどせず、怪我をしてもあっという間に治ってしまう。平均して千年を越えて生きるが、それでもいつか寿命がやってくる。カンナハの両親が四百年前に亡くなり、カンナハの兄が百年前に亡くなり、カンナハは一人、人間の村に移り住んだ。

 そんなカンナハは村人から少し距離を取っているようだった。村の祭りや集会にも参加せず、隣近所のものとも顔をあわせないようにしているようで、最低限の挨拶はするが、カンナハが何を考えているか知っている人はいなかった。

 ある日、村に考古学者がやってきた。五百年前の遺跡が見つかり、それがなんなのかわからない。長命族に教えを請いたいと村長に願い出た。村長はカンナハを紹介してやりたかったが、誰もカンナハと親しくしておらず、男性が直接見知らぬ女性を訪ねるのは礼儀知らずな事、考古学者は村に逗留して機会を待つことにした。

 そんな事情を知った隣人であるエイミがカンナハを訪ねた。

「もしよかったら考古学者さんの話を聞いてあげては」

 そういうエイミにカンナハは寂しそうな笑顔で首を横に振った。けれどカンナハは遺跡の話が気になってしょうがなかった。五百年前、まだ両親が生きていた頃の懐かしい時代の物について話を聞いてみたいと思う。けれど人間と関わると悲しむことになるだけだとこの百年で身に沁みていた。彼らはみな、あっという間に死んでしまうのだ。それでも。

 カンナハは夜更けて村が寝静まると、そっと旅籠に行ってみた。そこに考古学者が泊っていると聞いて。来てみても何をするでもなくカンナハは旅籠を見つめ、夜明け前に帰っていく。それを数日続けた。

「もしかしてカンナハさんですか?」

 後ろから声をかけられ、カンナハは飛び上がった。そっと振り向くと見知らぬ青年が立っていた。

「村の人から美しい人だと話を聞いていて。ほんとうに女神さまみたいだ」

 カンナハは真っ赤になって家に駆け戻った。後ろから青年が何か叫んでいたけれど、その声も聞こえないくらいに必死に走った。青年は、どこか兄に似ていた。

 翌朝、青年はカンナハを訪ねた。粗末な家の門の前で大声でカンナハの名を呼ばわった。エイミが出て来て無礼をたしなめているところに、カンナハが出てきた。

「どうぞ、中へ」

 それだけ言うと家の中に入ってしまう。青年はエイミに短く挨拶するとカンナハについて家に入った。

「それで、聞きたいこととは?」

「五百年前の遺跡が出たんです。しかし文献にも口伝にも何も残されておらず、長命族のあなたなら何か御存じではないかと」

 熱っぽい目で遺跡について語る青年をカンナハは憂いを含んだ目で見つめた。この青年もあと五十年もすれば死んでしまうというのに。青年のことだって時代の中に忘れられていくというのに。

「どうして、あなたは昔の事を知りたがるの?」

 ふいにたずねたカンナハを、青年は優しい笑みで見つめた。

「僕たちは短い時間しか生きる事ができない。けれど代々何かを受け継いでいく事が出来る。僕は父や母からこの世の素晴らしさを教わりました。けれどもしかしたら何かもっと大事な事を聞き忘れていたかもしれない。もっと昔の人も、何かを伝え忘れたかもしれない。そんな思いが土の下に眠っているとしたら、僕はその思いを掘りだして聞いてみたいんです」

 カンナハは短く溜め息をつくと、部屋の隅の葛篭から一冊の本を取り出し、青年に渡した。

「私の兄が遺した本です。五百年前の旅行記。きっとこの中にあなたが探しているものがあるでしょう」

 青年は本を受け取ると深々と頭を下げた。重ね重ね礼を言う青年に、カンナハは話しかけた。

「私も」

 青年が頭を上げると、カンナハは微笑んでいた。

「私も誰かに何かを残せるかしら」

 青年はにっこりと笑う。

「あなたはもう僕に大きなものを残してくれました」

 カンナハは不思議そうに首をかしげる。

「あなたの憂いが、僕の中に恋心をくれました」

 カンナハは真っ赤になって両手で顔を隠した。


 その後しばらくしてカンナハは村から余所へ越していった。村人たちは皆、カンナハの美しい笑顔を忘れなかった。

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