彼のカレー
彼のカレー
太郎はカレー魔神だ。なんにでもカレーをかけてカレー味にしてしまう。今日も疲れて仕事から帰った桃子がナポリタンにしようとしていたスパゲティにカレーをかけてしまった。
「もう! やめてよ太郎! ナポリタン楽しみにしてたのに〜」
「ナポリタンなんかよりカレースパゲティの方がうまいぜ」
むーっと頬を膨らませた桃子を太郎はにやにやと眺める。小学生くらいに見える太郎は、けれど魔神だけあってふわふわと宙に浮いた状態であぐらを組んでいる。
「それに俺、カレーかけないとエネルギー不足で死んじゃうぜ。それでもいいのかよ」
「それは困る。魔神の死体なんか可燃ごみで回収してくれなさそう」
「だったら文句言わずにカレースパゲティ食え」
桃子はため息をついてカレースパゲティをすする。おいしい。けれど桃子の気分はナポリタンだったのだ。
「お、プリンがあるじゃないか」
「やめて!」
太郎の声に振り返った時にはすでに遅かった。プリンにカレーがかけられていた。
「ああ……あたしのプリン」
「プリンカレー、うまいぞ」
桃子はキッと太郎を睨む。
「そりゃ太郎の魔法はどんなものでも美味しいカレーにしちゃうよ、知ってるよ。けど、たまにはカレー味じゃないものも食べたいの! あたしはインド生まれじゃないんだから!」
太郎は悲しそうにうつむく。
「そうだよな、桃子はもともとカレーがそんなに好きじゃないもんな。俺が勝手に押し付けても迷惑だよな。俺、ここにいたら迷惑だよな」
しょんぼりとした太郎の姿に桃子はあわてて両手を振り回す。
「そ、そんなことないよ、あたし、カレー好きだし、それに太郎のこと大好きだよ!」
太郎は横目でちらりと桃子を見上げる。
「ほんとに?」
「ほんとよ」
にいっと笑った太郎は歯磨き粉の容器を桃子に差し出してみせた。
「カレー味にしといたから」
桃子は拳を握りしめふるふると震えた。
「いい加減にしろー!」
太郎はにやにやと笑いながら壁をすり抜けて外へ出ていった。桃子は乱れた呼吸をととのえ、食卓に戻りカレースパゲティを食べた。
「美味しいし!」
むくれながらも完食して歯を磨く。磨いても磨いてもカレー味。ため息をついて水を口に含む。その水もカレー味で、桃子はあわてて吐き出し顔を上げた。洗面台の鏡から太郎が顔を付きだしにやにやと笑って桃子を見ていた。
「太郎! いい加減に……」
叫ぼうとした桃子の唇に、太郎がちゅっとキスをした。
「!!」
桃子は真っ赤になって両手で口をおおう。
「ごめんってば」
そう言ってにやにやしたまま太郎はどこかへ消えた。桃子の唇はそれからしばらくカレー味のままだった。




