おとしあな
おとしあな
四年生の夏休み、蒼太は緊張して寝付きが悪くなった。早くにベッドに入っても寝つくのは深夜過ぎだ。それが何日も続いて、蒼太の目の下にはくっきりとクマができた。
緊張の原因は夏休みの林間学校だ。友達はみんな楽しみにしているが、蒼太は一人怖れおののいていた。蒼太はいまだにおねしょがなおらないのだ。三日に一回は粗相する。眠れなくなってからは夜中にトイレに行くためか、一回も粗相していない。
「寝なきゃいいんだ……。林間学校の間、寝なきゃいいんだ……」
蒼太はベッドの上でぶつぶつとつぶやいた。
大雨になって中止になればいいと思っていた林間学校の日は、バカみたいに晴れた。蒼太は寝不足のフラフラした頭で太陽をにらんだ。それでも林間学校は楽しかった。森を走り回ったり、川で水遊びをしたり、みんなでカレーを作ったり。蒼太も元気よく走り回った。
楽しい自由時間は駆け足で過ぎ去り、恐怖の就寝時間があっという間にやってきた。蒼太は何度もトイレに行ったが、おしっこはほとんど出ない。泣きそうになりながらバンガローに戻った。皆が早々に寝息をたてはじめても蒼太は目を見開いて睡魔と戦おうとした。しかし昼間の疲れからか、まぶたはとろりと下りてきて、体の奥がぽかぽかして、まるでおとしあなに落ちるように、すとんと眠ってしまった。
ぱちんと目覚めた蒼太は、目の前に丸太造りの壁を見て、眠ってしまったと焦って飛び起きた。勢いよく布団を捲り、自分の股間に手を当てた。さらさらした布の手触りにほっと息を吐く。
部屋を見回すと他の男子はまだ寝ていた。そっと起き上がり、トイレに行った。ひんやりした早朝の森の空気の中で、蒼太は確信した。もう二度とおねしょすることはないだろう、と。
帰宅したその夜、蒼太は安心して夕食の後にマンガを読みながらジュースを飲んだ。寝そべっていたため母に叱られ自分のベッドにもぐりこみ、林間学校の疲れも出て、すぐに眠ってしまった。
「あれえ!?」
翌朝、蒼太は冷たい感触で目覚め飛び起きた。布団までぐっしょりと濡れていた。蒼太はがっくりと肩を落とし、しかしすぐに顔を上げた。
「今日から寝ない! 寝ない日が続けばおねしょしない!」
林間学校で学んだ間違った知識が正されるまで、まだしばらくの時間がかかった。




