ワレワレハウチュウジンダ
ワレワレハウチュウジンダ
アンドロメダ星雲の彼方からその宇宙船がやって来たのは夏の盛り。太陽の熱を反射してキラキラ光る巨大な金色の船体は美しかったけれど、地球の未熟な科学では対抗できるとも思われず、人々は宇宙船の飛来理由が知れるのを固唾を飲んで待った。
宇宙船は三日におよんで大気圏のやや外側に沿ってゆっくりと地球外周を周り、あたかも月が一つ増えたかのようだった。
姿を現してから四日目、宇宙船はゆっくりと降下し、オーストラリアのエアーズロックのそばに着陸した。その船体がいかに大きいのかを、人々はエアーズロックとの対比によって知ることが出来た。その巨体の横腹に丸い穴が開き、そこから光が差したかと思うと、次の瞬間には一個の生物が地面に降り立っていた。
「ワレワレハウチュウジンダ」
自称ウチュウジンはそう自称するとその場に立ち尽くした。宇宙船からかなりの距離をあけ取り巻いていた警官隊は次の言葉を待った。はたしてウチュウジンの来訪目的はなんなのか、侵略か、はたまた和平か。緊張が高まる。
じっとしているウチュウジンの姿は「リトルグレイ」と呼ばれる宇宙人像に酷似していた。銀色の肌、小柄な身長、極端に細い手足、それに感情が読めない大きな黒い目。その目は地球人になんの情報も与えてはくれない。
ウチュウジンが動かぬまま、数十分がたち緊張が疲労に変わり始めた頃、ウチュウジンは顎をあげた。と思うと、船体に丸い穴が開き、ウチュウジンの姿は消えた。それから宇宙船はその場に留まり続けた。
それは何度も繰り返された。ウチュウジンが出てくる。「ワレワレハウチュウジンダ」と名乗る。緊張が疲労に変わる。ウチュウジンが消える。ウチュウジンが出てくる。「ワレワレハウチュウジンダ」。緊張が疲労に変わる。ウチュウジンが出てくる。「ワレワレハウチュウジンダ」疲労する。出てくる。「〜ダ」疲労。出てくる。「ダ」
疲れはてた。
「いったいウチュウジンは何を考えているんだ!」
地球人たちは顔を合わせればウチュウジンを批判した。そんな騒ぎを聞き取ったのか、ある日、ウチュウジンは「ダ」の後に言葉を継いだ。
「※≒℃∋§‰」
「!?」
ハワイの自宅のテレビの前でウチュウジンの動きに注目していたクレアおばさんは、ウチュウジンが発したウチュウ語に我が耳を疑った。
「まさか……おじいさんはウチュウジンだったの!?」
ウチュウジンが発した言葉はクレアのおじいさんが折々に口にしていた不可思議な言葉そのままだった。幼いころ、クレアはその言葉を何度も聞き、聞き覚えた。
「※≒℃∋§‰」
小さなクレアがその言葉を話すのを聞いたおじいさんはクレアにあるものを作ってくれた。それはとても優しく、懐かしい気持ちをかきたてるもの。
クレアおばさんは、大急ぎで荷物をまとめ、オーストラリアに向けて旅だった。
エアーズロックへの道は野次馬で溢れかえっていた。クレアおばさんは人波をかきわけかきわけ前にすすみ、警官隊の前にやってきた。
「なにをしてる、ここは立ち入り禁止だ」
「※≒℃∋§‰」
クレアおばさんが口にした言葉に周囲の野次馬も警官隊も目をむいた。
「あなた、ウチュウ語が話せるんですか!?」
「この言葉だけ」
「ウチュウジンはなんと言っているのですか!?」 クレアおばさんは、無言で荷物の中から保温ポットを取り出した。その時、宇宙船の船体に穴が開き、ウチュウジンが現れ口を開いた。
「※≒℃∋§‰」
クレアおばさんは、ウチュウジンに頷いてみせると手にしたポットをウチュウジンに向けて差し出した。ウチュウジンが手を伸ばすと保温ポットは宙をすべりウチュウジンの手の中に収まった。ウチュウジンはポットを開けると、どこからともなくスプーンを取り出し、ポットの中身を食べ始めた
「……クリームシチュー?」
人々があっけにとられるなか、一人のテレビリポーターがクレアおばさんにマイクを突きつけた。
「あなたはウチュウジンなのですか!?」
クレアおばさんは、静かに首をふった。
「いいえ、私は違います。けれど祖父がもしかしたらウチュウジンだったかもしれません。私はあの言葉だけは知っていました。
「あの言葉は、いったいどういう意味なのですか?」」
「クリームシチューが食べたい、と言っているのです」
「クリームシチュー?」
「はい。私の祖父はアラスカからハワイに移住しました。ハワイではなかなか大好きなクリームシチューを食べる機会がない。それをウチュウ語で嘆いていたのです」
ウチュウジンはクリームシチューをガツガツと食べ終わると、大きなゲップを一つした。宇宙船の横腹に丸い穴が開き、ウチュウジンは消えた。宇宙船はふわりととびあがり、空の彼方に消えていった。
それ以来、リトルグレイは「クリームシチュー星人」と呼ばれるようになり、クレアおばさんは「ウチュウの母」と呼ばれハワイにクリームシチュー専門店を開き、大繁盛した。
店名は「※≒℃∋§‰」だった。




