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今日のおはなし  作者: 溝口智子
金の糸 15
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HOLIC!!

HOLIC!!

「買っちゃった♪」


いつになくウキウキした様子で由香が宅配便の荷物をほどいている。外の冷たい空気に冷やされ、箱から冷気が漂ってくるようだ……と思ったが、荷物は保冷剤で冷やされていたのだった。


「またスイーツのお取り寄せ?ほんとに好きだなあ。今度は、なに?」


「えへへへ〜。じゃーーーーーん!!」


包みから出てきたのは高級そうな黒い箱。


スイーツ、と言うよりは、カバンか靴でも入っていそうな大きさと高級感だ。


「え、もしかして、甘いものじゃなくて、カバンか何か?」


「さー?どーかしらー?」


うかれて、答えをはぐらかしながら、由香が箱を開ける。


中にはビロードの布が一枚敷いてあり、中身はまだ見えない。


(おいおい、カバンだったとしたら、ものすごい高価なんじゃないか?)


冷や汗を流す夫をよそに、由香はいそいそとビロードをどかす。


出てきたのは、小さな箱が4つ。


とりあえず、カバンじゃなかったことに、夫は、ほっと胸をなでおろす。


赤、青、緑、金色の四つの箱から、由香は金の箱を選び、取り出す。


左手に載せ、右手でそっと、大事そうに撫でてから、蓋を開ける。


中に入っていたのは


「……チョコレート!?なに、このご大層な包装は!?」


「えへへへ〜。

 こちらは、イタリア、ドモーリ社の

 特別栽培カカオ産地別100%ピュアカカオニブ使用純ブラックチョコレート!!

 生産数限定、100箱!!

 世界で100人しか食べられないチョコレート様であるぞ!

 頭が高ーい! ひかえおろう!」


夫は、聞きなれない呪文のような単語の羅列から水戸黄門が現れた不思議についていけなかったが、それでも大人しく


「ははー」


とひれ伏しておいた。


「で、それは、そんなにうまいのか?」


「しらなーい」


「しらないって……。うまいかどうか分からないもの買ったのか!?」


「だって、世界で限定100箱なんてすごくない!? プレミアだよ!?

 これはチョコ中毒者としては、買わずにはいられないよー」


「あ、そう。……そういえば、世界で限定100箱って、日本では何箱売ってるんだ?」


「売ってないよ。イタリアのドモーリ本店だけ」


「え、じゃあ、通販?」


「ううん、通販も不可」


「え、じゃ、どうやって買ったの?」


「フェイスブックでイタリアの人を探して、お願いして買ってもらって、 送ってもらったの」


「……英語、できるんだ?」


「できないよ。向こうも出来ないから、イタリア語で頼んだよ」


「イタリア語できるんだ!?」


「できないよ。辞書で調べて、書いたよ」


チョコ中毒、恐るべし。


東大限定チョコレートがあれば、妻は東大に合格するだろうな……。

などと、つまらない冗談を考えつつ、夫は、一番聞きたかった、しかし、怖くて聞けなかった質問をする。


「……で、これ、おいくら?」


「2万円くらい」


「20000!? チョコレートににまんえん!?」


おどろき過ぎて、あごが外れそうなくらい口を大きく開けたまま、夫は固まった。


「そう。だって

 特別栽培カカオ産地別100%ピュアカカオニブ使用純ブラックチョコレート

 だよ?これでもずいぶん、お買い得だよお」


にこにことご満悦で、チョコレートの箱を撫で撫でしている妻に、夫は言うべき言葉を思いつかなかった……。


その晩、食後にウイスキーと共に食したチョコレートは確かに、うまかった。

100%カカオだから砂糖を使っていないはずなのに、噛みしめるとじんわりと甘く、今まで味わったことがないほど濃厚なカカオの香りがやわらかく広がる。

産地別、とわざわざ銘打っているのも、うなずける。


エクアドル産とデルスルラゴ産は全く違った味わいだった。エクアドル産はまろやかで、デルスルラゴ産は酸味が強い。デルスルラゴが世界のどこにあるかは知らないが。


夫は値段のことはおいておいて、今夜のデザートにまったく満足し、お代わりしようと次のチョコに手を伸ばした。

が、妻にぴしゃり! 手の甲をはたかれた。


「だめ! ちょっとずつ大事に食べるんだから! まだ食べたいなら、これにして!」


妻は夫に、スーパーの特価82円の板チョコを渡すと、さっさと残りのドモーリのチョコを箱にしまってしまった。


(あの高いチョコは、結局、一口300円くらいか……。

 うん。いい買い物だ。値段以上の価値がある。

 しかし、きっと俺へのバレンタインの贈り物ってわけじゃないんだよなあ……)


夫は買い物上手な妻に感謝しつつ、寂しく板チョコをかじる、孤独なバレンタインデーに嘆息した。

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