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今日のおはなし  作者: 溝口智子
金の糸 15
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二十年目の成人式

二十年目の成人式

 テレビニュースのトップ映像が新成人の振り袖や袴姿であるのを見て、今日が成人の日だと君子はやっと気づいた。昔は固定だった成人の日も今では変動制、時代も変動しているんだなあ、と感心した。

 君子には成人式の忘れられない思い出がある。二十年前の一月十五日、君子はインフルエンザにかかって家で寝ていたのだ。買ってもらった振り袖に袖を通すことも出来ず、親友のカズコとの約束もすっぽかした。けれどそんなことはどうでもいい。何より悔しかったのは、その日開かれた同窓会に参加出来なかったことだ。小中高と片想いし続けた遠山くんに会えなかったのだ。

 その後、一度も同窓会は開かれぬまま二十年が過ぎた。君子は今も心のどこかで遠山くんの面影を求めている。

「そんなに会いたいなら、君子が同窓会を主催すればいいじゃないか」

 成人式の思い出を語るたび、夫は言う。

「ただし、見る影もなくなってることは覚悟しておけよ。しょぼくれたオッサンになっているぞ」 そう言ってニヤリと笑う。いつもは質の悪い冗談と、君子はふくれてみせるのだが、今年は違った。

「そうね、そうしてみようかしら」

 夫は目を大きく開いたが、すぐにニヤニヤ顔に戻り君子をからかう。

「幹事なんて君子にできるかなあ。同窓会名簿作りくらいで諦めちゃうんじゃないか?」

 君子はつんとそっぽを向く。

「ご心配なく! 高校時代はクラス委員でしたから!」

「二十年前にとった杵柄かあ。しまいっぱなしでカビてないといいな」

 君子はぶすくれて夫が見ていたテレビを消した。


 しかし君子の事務の手腕はカビだらけだったようで、すぐに突き当たりにぶつかった。現住所がわからない同窓生の探しかたがわからない。ゲストに呼ぶべき恩師の名前が思い出せない。頼みの綱の卒業アルバムは紛失していた。

 君子は頭を抱えて誰かにSOSを出したかったが、夫にはぜったいに知られてはならない、笑われる。普段付き合いのない、夫が知らない同窓生に自身のメールアドレスを書き込んだ手紙を出した。手紙を受け取った相手の行動力は凄かった。

 SNSを駆使してあっという間に参加者を集め、会場の下調べをして何軒かリストアップしてくれて、恩師の都合の良い日も何日か予約済みだ。君子はポカンと口を開けて、あらあらあら、と見ているだけだった。

 幹事会をしましょう、と提案があった時も君子はただただ頷くばかり。幹事会の店も日程調整も友人任せだった。

「すごいのねえ、あなた。さばけるわねえ」

 友人は豪快に笑い「万年平社員だから幹事なれしてるだけよお」と君子の背中をばしばし叩いた。

 その友人が集めた幹事仲間は学生時代は名前を知っている程度の仲だったが、同級生とは不思議なもので、すぐに気安くなった。全員で五人だと聞いていたが、まだ四人だけで乾杯もしていない。

「あと一人の幹事、遅いわね」

「ああ、彼は遅刻魔だから……、あっはは、噂したら現れた」

 指差された方を見ると、遠山が笑顔でこちらに手を振っていた。

 どきん、と心臓がはねた。遠山は昔と変わらず素敵だった。いや、昔より素敵になったかもしれない。すらりとした長身に仕立ての良いスーツを着て、朗らかな笑顔は校庭を走っていた頃のまま。だけどどこか貫禄がついて落ち着いた上品な、そんな大人になっていた。

 遠山は、すっと君子の隣に座った。君子は緊張して下を向いた。皆が遅れてきた遠山に何か言っているけれど、君子にはその言葉は届いていない。ただただ隣の遠山の体温が気になり落ち着かない。

「じゃあ、乾杯の音頭は主催者の君子さんにお願いしましょう!」

 いつのまにか運ばれてきていたビールを手渡されせかされる。

「か、かんぱい」

 なんの挨拶もない君子を皆笑い、君子は遠山のせいで真っ赤になった頬を恥ずかしさのせいとごまかすことができた幸運に感謝した。

「君ちゃん、久しぶり」

 遠山から声をかけられ君子は驚いて目を見開いた。

「覚えてるの? 私のこと」

「もちろんだよ。幼馴染みのこと忘れないよ」

 幼馴染み。君子はその言葉に舞い上がった。ただの知り合いじゃない、幼馴染みだ! 嬉しさのあまり君子は飲みなれないビールを二杯あけてしまい幹事会が終わるころにはヘロヘロになっていた。会計もいつ店を出たかも記憶にない。気がつくと遠山の肩にもたれて歩いていた。

 遠山の左手が背中をしっかり支えてくれている。君子の胸は高鳴った。その左手の薬指を見たくて仕方ない。

 君子は足を止めると遠山の顔を見上げた。遠山は左手で君子の右手を握った。冷たい金属の輪が君子の右手に触れ、君子の熱を冷ました。君子は両手でしっかりと遠山の手を握り、元気よくぶんぶんと振った。遠山はちょっと驚き、それから優しく微笑んだ。

「君ちゃんは今、幸せなんだね?」

 君子は満面の笑みで頷いた。


「ただーいま」

 ふらふらしながらリビングに入ると夫がソファでカップラーメンを食べていた。

「なんだ、早かったんだな。もっとゆっくりしてきても良かったのに」

 君子は夫の隣にちょこんと座ると夫の肩に頭をあずけた。

「お? どうした? 遠山くんにフラれたか」

「そうかも」

 夫はカップラーメンのスープを飲み干して、君子の頭をぽんぽんと撫でた。

「よし。君子にもラーメンつくってやるよ」

「お茶漬けがいい」

「ええ? 冷蔵庫になにかあるか? 梅干しとか海苔とか……」

 ぶつぶつ言いながらキッチンに向かう夫の背中を眺めながら君子は左手の指輪を撫でた。それはほんのりと温かく滑らかだ。

「目玉焼き茶漬けでいいかあ?」

 夫の声に君子はくすくすと笑った。

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