聖子ちゃんカットの行く末
聖子ちゃんカットの行く末
恵那は小さな頃から松田聖子の大ファンだった。街には聖子ちゃんの髪形を真似た「聖子ちゃんカット」と言われる髪形の女の子が大量増産されたアンドロイドのように歩いていた時代であった。その当時は最先端だったその髪形も、恵那が中学生になった頃にはすっかり廃れていたが、恵那は聖子ちゃんカットを貫きつづけた。もう一つ貫きつづけたのが「赤いスイートピー」だ。聖子ちゃんファンになったきっかけのこの曲に憧れ、初めて付き合う人はタバコの匂いのする人! と心に決め、二十歳を過ぎるまで恋愛から遠ざかり続けた。
待望の二十歳を過ぎ、初めて付き合った男性はもちろん煙草を吸う人だったが、初めてのデートで手を握ろうとしたので恵那は走って逃げかえった。「赤いスイートピー」の歌詞通り「出会って半年過ぎても手も握らない」人でないと嫌だったのだ。
「……もう男なんかいやだあ」
恵那は飲み友達の千里にぼやきを聞かせるためいつものバーに呼びだした。千里はバーボンのグラスを傾けながら紫煙をふうっと天井に向けて吐きだす。
「いやだいやだって言いながら、もう何人と付き合ってるのよ」
「昨日の人で十五人……」
千里はまた、ふうっとやる。
「半年間でそれだけの男と付き合ったって、どういう意味か分かる?」
「意味なんてあるの?」
「あんたは、モテルってこと」
恵那は目を丸くした。
「やだ、私なんか時代遅れの聖子ちゃんカットだし、告白された事もないのに」
千里はちらりと横目で恵那を眺める。恵那はカルアミルクを一口飲んだだけで顔を真っ赤にして、ろれつもあやしい。
「あんた、急ぎ過ぎなんだよ。待ってれば向こうから告ってくるだろうに。恋愛はね、惚れさせた方がイニシアチブ取れるんだから」
「そんなこと言ったって待ってたら、おばさんになっちゃうよ。ファーストキスもしたことないのにお見合い結婚するなんて嫌だよう」
千里はふっと笑う。恵那はカウンターに頭を乗せ千里を見つめる。ショートカットでマニッシュなその風貌をうっとりと鑑賞している。
「なに?」
「いいなあ、千里はかっこよくて。背も高いしスレンダーで足も長いし、かっこいいなあ。千里が男だったらよかったのに」
「私が男だったら付き合った?」
「もちろん! だって素敵だもん」
恵那は体を起こしてカウンターをそっと撫でた。
「私達、初めてであったのこの席だったよね。千里が声をかけてくれて嬉しかったあ。一人でバーなんて怖くってどきどきしてたの」
「知ってる。緊張してがちがちで注文もできなかったよね」
「みっともなかったでしょ? 私」
「かわいかった」
千里はじっと恵那の瞳を見つめる。
「こんなにかわいい女の子がこの世にいるなんて思ってもみなかった。ずっとあなたと一緒にいたいと思った」
「千里……?」
恵那は千里のまっすぐな視線に首をかしげる。
「ねえ、私達、出会って一年になるよね」
「うん、そうだね」
千里は恵那の手を握ると引き寄せ恵那の唇に唇を重ねた。煙草の匂い、柔らかな唇、繋いだ手はしっとりとして恵那の心をくすぐった。
「イニシアチブをあなたにあげる」
唇を離した千里はすぐそばで恵那の目をのぞきこむ。恵那はその視線に、頬が熱くなっていくのを感じた。それはカルアミルクよりも甘く恵那を酔わせた。煙草の苦みが恵那に長年待ちつづけた瞬間をくれた。千里の唇が再び近づいて来て、恵那はそっと目を閉じた。
 




