炎のある風景
炎のある風景
太郎は長年の夢だったログハウスを建てた。建築資金を貯めるために働き、還暦を過ぎて自力で建てる体力をなくしてしまったため手作りは諦めた。しかし注文住宅ではあるが細部までこだわった。吹き抜けのあるリビングルーム、建物にあわせログで作ったダイニングの椅子、テーブル。
そして何よりも優先したのが薪ストーブだった。煙突をつけストーブを運び込んだ時の感激を太郎は言葉で表せなかった。ただぶるぶると唇を震わせ、目を閉じ、天を仰いだ。
初めて薪ストーブに火を入れた時にも、やはり言葉で表せない感慨をもった。古新聞に火をつけ、その火が細い数本の薪へ、さらにそれが太い薪へと移っていくたび、太郎の顔を照らす炎は大きく明るくなり、だんだんと暖かさが広がった。晩秋の冷たい空気がやわらかく解されていく様を、太郎は深く息を吐きながら見守った。
それからの生活は薪ストーブを中心に回っている。煮炊きはほとんど薪ストーブで行い、雨の日の洗濯物も薪ストーブのあるリビングに干される。家族は自然とストーブのまわりに集まりコーヒーを手に、ある時は語り合い、ある時は静かに時間を共有した。不思議なことだが、薪ストーブで沸かしたお湯で淹れるとコーヒーは格段にまろやかになる。そのまろやかさで心まで丸くなる。料理だってなんでも旨く感じられる。
ただひとつの例外が、いぶりがっこだ。薫製はうまくいったのだが、大根をいぶす、いぶりがっこだけは旨くならなかった。もともと囲炉裏の上に吊るして作られた秋田の漬け物だ。寒さと囲炉裏の火がなくては成り立たないのかもしれない。
囲炉裏を作ろう。いぶりがっこ好きの太郎はログハウスの次の目標を手に入れた。まだまだ老い萎れてはいられない。太郎は薪ストーブで炊いたご飯と味噌汁を食べ、元気に働きに出ていった。




