恋心あてもなく
恋心あてもなく
会いたくなかった。彼の友達になんか。その子は天使のようにかわいかった。
アタシは自分の低い鼻をつまむ。若草物語のエイミーは洗濯バサミで鼻を挟んで高くしようとしていたけれど、アタシのペチャ鼻には洗濯バサミでつまめる高さすらない。もう溜め息さえ出ない。
その子は愛という名前だった。その名の通り、誰からも愛される可愛らしさと、優しさと、思いやりにあふれている。ひきつった表情で笑顔も作れなかった私にも優しく微笑みかけた。まるで光輝いているような笑顔。彼は愛の笑顔を嬉しそうに見ていた。
彼とは大学のサークルで知り合った。アタシは彼に一目ぼれだった。背が高くて笑顔がさわやかで誰にでも親切だった。人づきあいが苦手なアタシにも、皆に溶け込めるように気を配ってくれた。アタシはどんどん彼の事を好きになっていったけれど彼と付き合えるなんて思ってもみなかった。
部室に彼とアタシ、二人きりになった時に彼が言った。
「俺と付き合って欲しい」
「どこに?」
アタシの言葉に彼はぽかんと口を開け、それからお腹をかかえて笑った。彼がまさかアタシのことを気にかけていたなんて思ってもみなかったから、まさかお付き合いしようと言われたなんて思わなかったのだ。アタシは恥ずかしさと、それを上回る嬉しさで顔を真っ赤にした。それからアタシたちは付き合うようになった。
彼と愛は高校の時の同級生だったそうだ。愛のまわりにはいつも人垣ができていたという。男女問わず皆、愛の事を好きになる。それはそうだろう。アタシだってきっと好きになっていただろう。彼が愛の事を知らなかったとしたらだけど。
愛と会ってから日に日にアタシの中に不安が溜まっていく。なんで彼はアタシなんかを選んだんだろう。平凡で何のとりえもなくて鼻の低いアタシなんか。彼と会うたび苦しくなる。アタシはどんどん苦しくなる。
「どうしてアタシと付き合おうと思ったの?」
苦しくて苦しくて苦しくて、とうとうアタシは聞いてしまった。彼はアタシの目を見つめて微笑んだ。
「かわいいからだよ」
「うそ。愛さんのこと知ってるのにアタシがかわいいなんて思えるはずない」
彼はきょとんとする。
「愛? なんで愛がでてくるの」
「だって……。友達にあんなかわいい子がいたら、他の子なんか可愛く見えるはずない。とくにアタシなんか全然ぶすなのに」
彼はお腹をかかえて笑った。
「愛は男だよ。俺の高校、男子校だって知ってるでしょ」
「は?」
「あいつ、女装趣味があるんだ。ごめん、言ってなくて」
アタシはぽかんと口を開ける。
「え、でも名前……」
「愛って書いてまことって読むんだ。けど皆あいって呼んでる」
アタシの開いた口はふさがらない。
「それに、君は可愛いよ」
「……なんかあんまり嬉しくない」
「そう?」
彼はにこにこと笑って、アタシも力が抜けきって、へらっと笑う。
「君の笑顔、すっごくかわいいんだよ。自覚ない?」
「ない。絶対うそだ」
「ほんとだって。そうだ、君はなんで俺と付き合ってくれたの?」
「……かっこいいから」
「うそだあ」
「ほんとだって。自覚ないの?」
「ないよ」
彼とアタシはくすくすと笑った。いいじゃないか、かわいくなくても、鼻が低くても、彼がアタシを好きだと言ってくれるなら、アタシはそれだけでいい。
「こんど愛さんに会ったら、お礼言っておいて」
「お礼? なんの?」
「幸せだって教えてくれたお礼」
彼は不思議そうな顔をした。その顔がかわいくて、アタシはまた笑った。
 




