悩みのタネ
悩みのタネ
鍋奉行は困っていた。暖冬なのだ。いつまでもだらだらと秋が続いて、一向に寒くならない。毎冬、鍋を仕切ってきた。それが年に一度の、いや、年に二、三回の、いやいや、年に数十回の冬の楽しみなのだ。それが今年はパアだ。もちろん、暖冬だって鍋を楽しめる。独りでなら。
「いやあ、寒くないと鍋って気分じゃないよねえ」
知り合いは皆、暖冬を理由に鍋パーティを断ってくる。うっすらと、鍋奉行だって感じてはいたのだ。自分が煙たがられていることは。けれど鍋奉行は鍋奉行として産まれ、鍋奉行として育ち、鍋奉行として独り立ちしたのだ。奉行職は捨てられない。鍋奉行は独り鍋を繰り返す。
待ち奉行は落胆していた。暖冬なのだ。鍋パーティの機会が減ってくる。それでなくとも最近、仲間からパーティに呼ばれなくなっているのに。
「待ち奉行は鍋を待つばかりで、いくらなんでも働かなすぎだろう
そう陰口されていることは知っていた。
けれど待ち奉行には待ち奉行としての矜持がある。待つことの美学がある。待ち奉行はコンビニおでんで腹をごまかす。
待ち娘は憤っていた。暖冬なのだ。家族で鍋を囲む機会が減ってしまう。台所をしきる母は旬で安くなる野菜しか買わない。今年は鍋に向いている葉もの野菜が高いのだ。
「あんた、おさんどん働きもしないんだからメニューに口出す権利はないのよ」
そう言って母は待ち娘を黙らせる。待ち娘はむうっと唸り、母を上目でにらむ。母はそんなことどこ吹く風、今夜もモヤシ炒めを作っている。
冬将軍は弱っていた。いつまでも秋ちゃんが去らないのだ。秋ちゃんは冬将軍が大好きで、毎年短い期間だけだがあえることを楽しみにしている。けれど時期が来れば、今までは振り返り振り返りしながらも去っていったのだ。
「私、将軍様のお嫁さんになりたいの」
冬将軍は弱り果てた。秋ちゃんはあまりに幼すぎるし、冬将軍はじつは春ちゃんのことを密かに思っているのだ。
冬将軍は弱っていた。
そうしてこの年は暖冬になった。




