緊張するという事
緊張するという事
昨晩のこと。仕事から帰り、遅い夕食をすませてしまって内職に手をつけるか、と買ってきた海苔弁当をテーブルに乗せた。いつも夕食とともに酒を呑む。しかし内職があるので呑むのはまずかろう、と一旦は箸を取った。しかし、何かおかしい。目の前の弁当に食欲がわかない。これはいよいよアル中か? と試しに酒を呑んでみた。ほっと肩から力が抜けた。
ああ、私は緊張していたのか。やっと気づいた。
数日前から始めたばかりの新しい仕事。覚えることばかりで常に無い集中力を要する。会社から出た時に緊張を解くのが一番良いのだろう。けれど私はそれが出来なかった。帰宅してからすべき事で頭がいっぱいで食事もおろそかになりそうだった。酒がなければ自分の身心を調節できない、アル中になりかけの状態だと自覚した。
しかし緊張で良いこともある。朝早く目が覚めるのだ。おかげで朝食をとれるし身仕度も慌てることがない。良い緊張感を持っている、ということだと思う。
要はバランスなのだ。
「あなたは、なぜ、繋がれないのか」という本を今、読んでいる。ナンパ、催眠療法、カウンセリングの見地から日常のコミュニケーションに潜む問題を抉り出す、といった本だ。この中に会話が一方通行になる原因の一つに緊張があげられている。体が緊張すると心も緊張する。体をほぐすことを訓練し、身体知を深めることで緊張をとく方法が図示されている。
ああ、私の会話下手は緊張のためだったのかもしれない。あの失言もあの言葉足らずも緊張していたせいかも知れない。
なんだか肩から力が抜けたように思った。それから会話が恐くない。
私が悪い人間だから、ではない。私も普通の一般人なのだという安心。 そこから一歩進みたい。私は世界にたった一人の大事な私と思いたい。
今日も帰宅したら夕食、家事、内職が待っている。今日は酒を呑まずに食事を楽しもうと思う。
肩から力を抜いて、深く呼吸をして。そうして少し私を好きになろうと思う。




