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今日のおはなし  作者: 溝口智子
金の糸 15
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1999年7月

1999年7月

 敦は空っぽだった。ノストラダムスの大予言を信じていた敦は、1999年に最期をむかえるため、そこへ向けて準備をしていた。それから先は敦にとって「無」であった。 1999年7月、敦は17歳だった。勉強が嫌いだったので高校には行かなかった。どうせ1999年には皆死んでしまうのだ。

 敦は仕事もしなかった。金を貯めてもどうせ使うことなどできないのだ。

 そして敦は1999年7月、絶望した。それでも世界は動き続けた。


 敦はショックのあまり話せなくなり寝たきりで、食事もとらない状態が続いた。入院して点滴で命をつないだ。そこでその男にあった。

 男は外科病棟に入院していた。右足にギブスをはめ、松葉杖で各病室をまわった。男は世界は生まれ変わったのだと入院患者に説いてまわった。1999年7月、この世界は終わり、新しく生まれたのだと。

 男は敦の枕元にやってきて話した。


「ノストラダムスは知っていたんだ。世界は生まれ変わると」


 敦はぼんやりと聞いていた。初めは男が何を言っているか理解できなかった。点滴での栄養補給がうまくいきだして頭がやや回るようになると、男の言葉に怒りを感じた。世界は終わったりなどしていない。そうでなければ俺が生きているはずがない!

 敦は男を怒鳴り付けたかった。意思に反して動かない舌を切り落としたかった。

 けれど敦にできることは弱々しく首を振ることだけだった。


「君もきっと感じられるはずだ。世界は生まれ変わったのだ」


 男は毎日毎日やってきた。敦の怒りは日に日に募った。


「ノストラダムスは知っていたんだ」


 ちがう。


「大予言は当たったんだ」


 ちがう。


「僕たちはみんな……」


「……かない」


 男は言葉をきり、敦の口元を見つめる。


「……生まれ変わったりなんかしない! 俺は! 7月に死ぬはずだったんだ! 今の俺は幽霊なんだ!」


 男は嬉しそうに敦に笑いかけた。


「そうだよ、君は幽霊だ。だから思い残したことをするべきだよ。それでほんとうに生まれ変われる」


 敦はよろよろ立ち上がると拳を握り、男に叩きつけた。弱った敦の拳に力は入ってなどいなかったが、それでも拳は男に届いた。敦はたったそれだけで疲れはてベッドに倒れこんだ。

 それから三日、敦は眠り続け三日目の朝ぱちりと目をさました。ベッドの上に体を起こし、きょろきょろとあたりを見渡した。白いシーツ、白いカーテン、窓から入る暖かな光、なにもかもが輝いていた。

 裸足のままベッドから下りる。窓から見下ろした街並みは陽光を反射して美しかった。

 敦は自分の胸に触れてみた。とくん、とくん、と脈うっていた。触れた手のひらは暖かかった。生きていた。


 それから二週間後、敦は退院した。その前の数日間、敦は他の入院患者に、あの男のことをたずねてみた。しかし、どの患者もそんな男は知らなかった。看護師に聞いても同じだった。敦はなぜか深く満足して帰路についた。

 空はよく晴れていた。

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