書き方のお時間
書き方のお時間
「上手に書けたねえ」
生まれて初めて書いた筆文字を誉められて、多恵は書道の虜になった。
多恵の両親は字が汚いのがコンプレックスだったから、多恵が一生懸命、書道の練習をしているのを嬉しそうに眺めていた。
けれど、幼稚園から書道教室に通いだし、小学校の六年生になった今まで、字は汚いままだ。学校の書写の時間に書いた字は、朱色の×がたくさんついてくる。
それでも書道教室の先生はいつも「上手に書けたねえ」と言う。
小学校の卒業式のあと、多恵は書道教室に挨拶に行った。あまりにも上達しないので、書道は諦めようと思っていた。それで、思いきって聞いてみた。
「先生、私の字、汚いですよね?」
先生はにこりと笑うと首を横に振った。
「あなたの字は、とても上手です。字が好きで一生懸命書いているのがわかります」
多恵は手をぎゅっと握って下を向いた。
「でも、へたですよね」
先生は優しく笑う。
「字には、その人がまるまる表れます。怒っているときは怒った文字、悲しいときは悲しい文字。多恵さんの文字はいつもにこにこ優しい文字です」
多恵は顔を上げ、教室の壁に貼られた自分の書を見た。大きな花丸がついたヘタクソな文字。けれど多恵が一生懸命書いた文字。
「多恵さんは自分の文字が嫌いですか?」
「嫌いじゃないです」
「好きですか?」
多恵は思い出をたどる。
去年は小学校の書写の時間に初めて○をもらった。その○は、自分の名前の一字だけだったけど、嬉しかった。三年生の時、隣の席の子が書き順を間違っていた時、教えてあげたら、すごいねって言ってもらえた。幼稚園、誰よりも先にひらがなを全部、書けるようになった。
全部、書道が好きだったからだ。自分の字が好きだったからだ。
「好きです」
先生はにこりと笑うと、半紙に大きな花丸を書いて多恵にくれた。
「小学校卒業おめでとう」
多恵は深々と頭を下げ、卒業証書を受け取った。
「これも持ってお帰り」
そう言って先生が壁から剥がした多恵の書を渡してくれた。そこには大きな字でのびのびと「大器晩成」と書いてあった。
 




