カップうどん一代男
カップうどん一代男
インスタント食品が好きだ。
太郎はインスタント食品をこよなく愛する男だ。
実家にいた頃は母からおしかりを受けるため好きなように食べる事が出来なかったが、就職して独り暮らしを始めると、これ幸い、朝も昼も夜もインスタントラーメンを好きなだけ食べられるようになった。
太郎はインスタント食品の中でもとりわけカップうどんが好きで、スーパーで買える全種類を制覇するのはもちろん、ご当地限定商品をお取り寄せまでする情熱を燃やす。届いたカップうどんを抱きしめニヤニヤするのが目下の趣味となっていた。
ある日、画期的なカップうどんを見つけた。カップに水を注ぎ、カップ底面から伸びる紐を引くとカップの中で湯が湧きうどんができ上がるというもの。登山者用に開発された商品だった。太郎は嬉々として、この商品を買い食べてみた。残念ながら期待したほど美味しくは無かった。けれど太郎はへこたれない。きっと山の頂上で食べたら美味しかろう、と登山に行った。なるほど、山頂の澄んだ空気と登山で疲れた体に、そのカップうどんは沁みるほどに美味しかった。太郎は味を占め、各種のカップうどんを持って登山するのを趣味にした。
登山が縁で恋人が出来た。仲良く一緒に登山して山頂で並んでカップうどんを食べた。ある日、恋人が弁当を作って来た。
「あのね、私、料理下手なんだけどがんばったの」
そう言う恋人は可愛らしかったが、弁当は惨憺たるありさまだった。それでも太郎は弁当をすべてたいらげた。恋人は自分で作った弁当を一口頬張ると、すぐに口の中に入ったものをティッシュにそっと吐き出し、弁当箱のフタを閉めた。
「ごめんね、やっぱり次からカップうどんにしようね」
そう言って明るく笑う恋人と結婚しよう、と太郎は決意した。彼女ならインスタント食品をふんだんに食卓に乗せてくれるに違いない。
その予想通り、二人の食卓はインスタント食品であふれた。朝はカップみそ汁、昼はカップラーメン、夜は冷凍食品。太郎は深い満足を覚えた。ところが、妻は妊娠した途端、変わってしまった。料理教室に通い、食事はすべて手作り、太郎の昼食もしっかり弁当を作り、そのどれもが美味しかった。太郎はまたインスタント食品を取り上げられた。
子供が成長し、結婚し、孫ができ、年老いた妻は太郎を残して逝ってしまった。寂しくなった一人の食卓。しかし太郎は長年の夢だったインスタント食品だらけの三食に胸躍らせた。
懐かしいカップうどんを食卓に置き、ぴりりとフタを剥がす。粉末スープを取り出しカップに沸騰した湯を注ぐ。椅子の上に正座して五分間。わくわくしながら待った。フタを開けた瞬間、もわりと湧きあがる湯気の向こうに白い麺が見え、太郎は思わず涙ぐんだ。箸でうどんを一本つまみ上げ、二、三度上下させて、ふうっふうっと息を吹きかけてすすりこむ。
「ん?」
太郎は麺を飲みこみ、眉を顰め、もう一本すする。二本、三本、四本。太郎の眉間に皺が寄っていく。
「ちがう……」
懐かしいあの味ではなかった。太郎は買い間違えたのかとカップを持ち上げまじまじと書かれている文字を読んだ。製品名は確かに間違いは無かった。
「美味しくなった新製法! 今までよりももっと美味しく!」
ただ、こんなキャッチコピーが製品名の上に書いてあった。太郎はがっくりと肩を落とす。自分のカップうどん人生が走馬灯のように瞼の裏に浮かんだ。
「グッバイ、カップうどん……」
太郎は残ったカップの中身をシンクの生ごみ入れに捨てた。
「こら、一郎、カップ麺ばっかり食べてたら駄目よ!」
嫁が孫を叱っている。太郎はそっと嫁の肩に手を置くと、静かに首を横に振る。
「食べたい時に食べたいだけ食べさせてやりなさい。どうせいつか食べられない時が来るんだから」
諦念を浮かべた太郎の言葉に、嫁は何も言えず、孫は喜んでカップうどんをすする。太郎はそんな孫を羨ましそうに見つめ続けた。
 




