赤の誘惑
赤の誘惑
とにかくショートケーキだ。
俺の頭の中は、真っ赤なイチゴと真っ白な生クリームでデコレーションされていた。
出張で初めて訪れた町。海風が骨の芯まで凍みる。
18時だというのに日は暮れて真っ暗。いっそう風は冷たくなった。
仕事も片付いたことだし、コンビニでおでんを買って、ビジネスホテルで一人酒、と独身オヤジらしい夜を過ごすつもりだった。
クリスマスソングが聞こえる。
四つ辻でぐるりを見回す。
路地の先電気店だろうか。LED電球のサンタクロースがいた。
Wonderful Christmas Time。
そうだ。この曲。クリスマスソングと言えば、俺の耳によみがえるのはポールのこの曲だ。
おふくろが大好きで、俺が子供の頃、クリスマスのちょっと贅沢な晩飯の時には必ずかけていた。
唐揚げとポテトサラダにプチトマト、そしてイチゴのケーキ。
おふくろと俺、二人だけの家に丸いケーキは無理だった。ケーキといえば三角のショートケーキ。
クリスマスだけは俺の三角形は鋭角でなく広角、120度の開きを持つ。
「クリスマスだから特別よ」
と母がケーキを2個買ってくれたのだ。
いかん。
頭の中がすっかりイチゴのケーキになってしまった。
組み合わせが変だが、コンビニでおでんとケーキも買おう。俺はホテルの前のコンビニに急いだ。
「いらっしゃっせー」
やる気のない挨拶に迎えられ店に入るとすぐ、暖かい空気に包まれた。ほっとする。
さてケーキ、とスイーツの棚を覗く。
ない。
ショートケーキがない。
というかスイーツがほとんどない。大福とゴマ団子しかない。
「あのすいません。ショートケーキはないですか?」
「あ。今は入れてないっすね。来週は入るっすけど。クリスマス週間だから」
なんだ、クリスマス週間って。聞いたことないぞ。
どうする?このへんに店はここだけだ。頭の中は、すでにイチゴと生クリームでいっぱいだ。今更おでんだけではすまされない。
「このへんにケーキ屋さんはないですか?」
「さー。わかんねっす。オレ甘いもん食わねーんで」
君の嗜好はどうでもいい。俺は甘いものが食いたいんだ。
「ありあたっしたー」
さて、どうする。
駅前に行けば店もあったが、片道30分はかかる。
そうだ、さっきの電気店。隣にパン屋らしき窓が見えていた。ケーキもあるかもしれない。
俺は小走りで来た道を戻った。
パン屋の店内にケーキのショーケースはあった。ショートケーキも並んでいる。
ただ如何せん、店はもう閉まっていた。
腕時計を見る。19時前。いくらなんでも閉店が早い。
途方に暮れ、電球のサンタクロースと見つめ合う。電飾のサンタクロースはLEDで目に優しい。地球にも優しい。しかしサンタはケーキ屋の場所を教えてくれない。
電気屋も閉まっている。このあたりは夜が早いのだろうか。
左手に、商店街らしい軒並みが見える。
行こう。
肉屋、雑貨屋、文具店。どこも閉まっている。
道の先に赤い光が見える。開いてる店だ。
それだけで嬉しくなって駆け寄ると、それは赤提灯だった。居酒屋だ。
店はここで最後。この先は民家だけだ。
腹がぐぅと鳴る。
腹が鳴るなんて何年ぶりだろう。しかもこんなに食べたいのにケーキがないなんて。子供の頃、ケーキ屋のガラス窓越しに、まん丸なケーキを見つめた日を思い出す。
真ん丸ケーキ、俺には縁がないのだろう。一生、ホールケーキを食べる機会はないのだ。
俺は肩を落とし居酒屋ののれんをくぐった。
「いらっしゃい!!」
店内は賑やかだった。忘年会だろうか、スーツ姿のオヤジの群れに事務員らしき女性が一人。
俺はカウンターに座り熱燗とおでんを注文した。
見るともなく宴会を眺める。
料理はほぼカラ、みんな顔が赤い。赤鼻の飲み会だ。
女性が一番奥の席に座っているのは、よほど社員から可愛がられる人材なのだろう。
「店長あれ、おねがいします」
男性社員の声を合図に、店内が暗くなる。事務員の女の子がキョロキョロと辺りを見回す。
厨房から花火が乗ったホールケーキが運ばれてきた。
宴席の中央にケーキが置かれ、男性社員が皆でハッピーバースデイと歌いだした。
女の子は目をまん丸にしている。
サプライズか。やるじゃないか、オヤジども。
男たちに促され、女の子が花火を吹き消す。
拍手。
俺も釣られて拍手する。
「お騒がせしてすみません」
と言いながら店主が料理を運んできた。
曖昧に微笑む。迷惑ではなかった。嬉しいサプライズに、俺の心もホンの少し暖かくなった。
「よかったら、コレどうぞ」
振り向くと、女の子が皿を差し出している。三角形のイチゴのケーキ。サンタクロースの砂糖菓子が乗っている。
「あぁ、すみません、ありがとうございます」
遠慮も忘れ、俺は皿を受け取った。
「あの」
戻ろうとした彼女を急いで呼び止める。
「誕生日、おめでとうございます」
彼女はニッコリといい笑顔を見せてくれた。誕生日おめでとう。君も、キリストさんも。
ホテルに帰ったらおふくろに電話するか。少し早いがメリークリスマスと言いたい気分だ。
俺は割り箸でサンタクロースの頭をつっついた。




