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今日のおはなし  作者: 溝口智子
金の糸 15
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赤の誘惑

赤の誘惑

とにかくショートケーキだ。


俺の頭の中は、真っ赤なイチゴと真っ白な生クリームでデコレーションされていた。


出張で初めて訪れた町。海風が骨の芯まで凍みる。

18時だというのに日は暮れて真っ暗。いっそう風は冷たくなった。


仕事も片付いたことだし、コンビニでおでんを買って、ビジネスホテルで一人酒、と独身オヤジらしい夜を過ごすつもりだった。


クリスマスソングが聞こえる。


四つ辻でぐるりを見回す。

路地の先電気店だろうか。LED電球のサンタクロースがいた。


Wonderful Christmas Time。

そうだ。この曲。クリスマスソングと言えば、俺の耳によみがえるのはポールのこの曲だ。

おふくろが大好きで、俺が子供の頃、クリスマスのちょっと贅沢な晩飯の時には必ずかけていた。

唐揚げとポテトサラダにプチトマト、そしてイチゴのケーキ。


おふくろと俺、二人だけの家に丸いケーキは無理だった。ケーキといえば三角のショートケーキ。

クリスマスだけは俺の三角形は鋭角でなく広角、120度の開きを持つ。

「クリスマスだから特別よ」

と母がケーキを2個買ってくれたのだ。


いかん。

頭の中がすっかりイチゴのケーキになってしまった。

組み合わせが変だが、コンビニでおでんとケーキも買おう。俺はホテルの前のコンビニに急いだ。


「いらっしゃっせー」

やる気のない挨拶に迎えられ店に入るとすぐ、暖かい空気に包まれた。ほっとする。


さてケーキ、とスイーツの棚を覗く。


ない。


ショートケーキがない。


というかスイーツがほとんどない。大福とゴマ団子しかない。


「あのすいません。ショートケーキはないですか?」


「あ。今は入れてないっすね。来週は入るっすけど。クリスマス週間だから」


なんだ、クリスマス週間って。聞いたことないぞ。

どうする?このへんに店はここだけだ。頭の中は、すでにイチゴと生クリームでいっぱいだ。今更おでんだけではすまされない。


「このへんにケーキ屋さんはないですか?」


「さー。わかんねっす。オレ甘いもん食わねーんで」


君の嗜好はどうでもいい。俺は甘いものが食いたいんだ。


「ありあたっしたー」


さて、どうする。

駅前に行けば店もあったが、片道30分はかかる。

そうだ、さっきの電気店。隣にパン屋らしき窓が見えていた。ケーキもあるかもしれない。

俺は小走りで来た道を戻った。


パン屋の店内にケーキのショーケースはあった。ショートケーキも並んでいる。


ただ如何せん、店はもう閉まっていた。

腕時計を見る。19時前。いくらなんでも閉店が早い。

途方に暮れ、電球のサンタクロースと見つめ合う。電飾のサンタクロースはLEDで目に優しい。地球にも優しい。しかしサンタはケーキ屋の場所を教えてくれない。

電気屋も閉まっている。このあたりは夜が早いのだろうか。


左手に、商店街らしい軒並みが見える。

行こう。


肉屋、雑貨屋、文具店。どこも閉まっている。

道の先に赤い光が見える。開いてる店だ。

それだけで嬉しくなって駆け寄ると、それは赤提灯だった。居酒屋だ。


店はここで最後。この先は民家だけだ。

腹がぐぅと鳴る。

腹が鳴るなんて何年ぶりだろう。しかもこんなに食べたいのにケーキがないなんて。子供の頃、ケーキ屋のガラス窓越しに、まん丸なケーキを見つめた日を思い出す。


真ん丸ケーキ、俺には縁がないのだろう。一生、ホールケーキを食べる機会はないのだ。

俺は肩を落とし居酒屋ののれんをくぐった。


「いらっしゃい!!」


店内は賑やかだった。忘年会だろうか、スーツ姿のオヤジの群れに事務員らしき女性が一人。


俺はカウンターに座り熱燗とおでんを注文した。

見るともなく宴会を眺める。


料理はほぼカラ、みんな顔が赤い。赤鼻の飲み会だ。


女性が一番奥の席に座っているのは、よほど社員から可愛がられる人材なのだろう。


「店長あれ、おねがいします」


男性社員の声を合図に、店内が暗くなる。事務員の女の子がキョロキョロと辺りを見回す。

厨房から花火が乗ったホールケーキが運ばれてきた。


宴席の中央にケーキが置かれ、男性社員が皆でハッピーバースデイと歌いだした。


女の子は目をまん丸にしている。

サプライズか。やるじゃないか、オヤジども。


男たちに促され、女の子が花火を吹き消す。


拍手。

俺も釣られて拍手する。


「お騒がせしてすみません」


と言いながら店主が料理を運んできた。


曖昧に微笑む。迷惑ではなかった。嬉しいサプライズに、俺の心もホンの少し暖かくなった。


「よかったら、コレどうぞ」


振り向くと、女の子が皿を差し出している。三角形のイチゴのケーキ。サンタクロースの砂糖菓子が乗っている。


「あぁ、すみません、ありがとうございます」


遠慮も忘れ、俺は皿を受け取った。


「あの」


戻ろうとした彼女を急いで呼び止める。


「誕生日、おめでとうございます」


彼女はニッコリといい笑顔を見せてくれた。誕生日おめでとう。君も、キリストさんも。


ホテルに帰ったらおふくろに電話するか。少し早いがメリークリスマスと言いたい気分だ。

俺は割り箸でサンタクロースの頭をつっついた。

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