アメブ 8 カムカムガムカム
アメブ 8 カムカムガムカム
「ふっふっふ」
「だからな、豪。飴は繊細なんだよ。お前の怪力で掴んだら簡単に壊れるんだ」
「ふっふっふ」
「先輩、自分、これでも繊細に扱ってるっす!」
「ふっふっふ」
「どこが繊細か。握りこぶしを叩きつけたじゃないか」
「ふっふっふ」
「ちょっと手元がくるっただけっす」
「ふっふっふ」
「ちょっとっていう……」
「だああ! お前ら、僕を無視するな!」
俺はうんざりした視線を調理室の入り口に向ける。そこには『スイーツ倶楽部』の部長、武者小路厚麿が拳を突き上げて立っていた。
「なんだよ武者小路。入部希望か?」
「だれがアメ部なんかに! わが華麗なるスイーツ倶楽部の足元にも及ばぬ倶楽部に!」
ため息とともにやる気も漏れ出ていく。
「はいはい。で? なんか用?」
武者小路は胸を反り返らせ腰に手を当てる。
「勝負だ!」
「はあ?」
「今度の文化祭、スイーツ勝負だ!」
「はあ」
「お前らはアメ。僕らはガムで、どちらがおいしいか競うんだ!」
「『僕ら』って。スイーツ倶楽部はお前一人じゃないか」
「う、うるさいうるさい! お前らを倒せば入部希望者がわんさかくるんだい! いいから勝負だ!」
「ああ、はいはい」
相手をするのも面倒になった俺は、ぎゃんぎゃん言う武者小路を無視してバタースコッチを作り続ける。
武者小路が言うところによると、アメとガムを校門で配り、より早くハケた方が勝ちらしい。
「で? 勝つとなんかいいことあるわけ?」
俺の言葉に武者小路はいっそう胸を反らす。
「勝者が小坂ともみを得る!」
「はあ?」
「小坂ともみはわがスイーツ倶楽部がいただく! わはははははは!」
高笑いしながら武者小路は去っていく。俺と豪はぽかんと去っていく武者小路の背中を見つめた。
「あら、二人ともまぬけなお顔。どうしたんですか」
噂の小坂ともみが調理室に入ってきた。俺たちの部長は今日も抜群にキュートだ。
「あー、えーと」
俺が間抜けな顔で間抜けな状況を説明するための言葉を探していると豪がツインテールを揺らして先に口を開いた。
「スイーツ倶楽部とスイーツ対決することになったっす」
「あら素敵」
「勝った方が部長を手にするっす」
「あらたいへん」
「アメ部が負けたら、部長、スイーツ倶楽部に移籍っすよ」
「あらあらまあまあ。じゃあ、勝ってね」
「お安いご用っす」
豪は安請け合いする。
「簡単に言うけどな、豪。武者小路はあれで菓子作りは無茶苦茶にうまいんだぞ」
豪はけろりとして言う。
「大丈夫っす。味の勝負じゃないっすから」
俺は首をかしげる。
「なにか秘策でも?」
「秘策なんかないっす。常識があるだけっすよ」
俺は首をかしげた。
文化祭当日、アメ部はミルクミントアメを準備し、スイーツ倶楽部はリコリスガムで勝負にのぞんだ。
「ふっふっふ。アメ部の諸君、今日こそはスイーツ倶楽部の勝利……」
「もう配り始めてるぞ」
「なにい!?」
武者小路の無意味な演説をまるっと無視して部長と豪がアメを配りだした。黒髪で清楚な部長とツインテールで笑顔を振りまく豪。彼女たちの回りにはすぐに人だかりができる。
武者小路があわててガムを配りに行くが、受けとる人はほとんどいない。
部長と豪が配り終わってもまだ武者小路が手にした篭にはガムが山盛り入っていた。武者小路はがくりと膝をつく。
「なぜだ……、なぜ僕はアメ部に勝てない……!」
地面に拳を打ち付け雄たけんでいる。俺たちは他人のふりしてそそくさと退却した。
「しっかし武者小路先輩、ほんとに敗因に気づいてないんすかね」
頭の後ろで手を組んでぶらぶら歩く豪が口を開いた。
「まあ、豪ちゃんは私たちの勝因がわかるのですか?」
「もちろん、部長がかわいいからっすよ。みんなよってきますよ」
「まあ、かわいいのは豪ちゃんの方だわ。今日もミニスカートがかわいいわ」
「えへへ。それほどでも」
誉めあう二人の言葉はどちらも事実だから突っ込みようがない。けれどそばで聞いているとむずむずと突っ込みをいれたい欲が沸き上がる。間違ってはいない、間違ってはいないのだけれど……。
「まてーい、アメ部! 勝負はまだついてない……」
「なんでやねーん!」
俺の右裏拳は武者小路の胸にジャストミート。武者小路はその場に仰向けにたおれた。俺の突っ込み欲は満たされた。ああ、スッキリした。
「先輩、なに遊んでるんすか。置いてきますよ」
「ああ、今いくよ」
こうしてアメ部の平和は今日も守られたのだった。




