アメブ 6 あらあら
アメブ 6 あらあら
「はあ~~ぁ」
深海より深いため息が、俺の口から漏れる。
「先輩、うっとおしいっす」
「うるさい! 豪、お前、先輩を慰めようという気はないのか!」
「ないっす」
バッサリ切られて俺は撃沈した。豪はツインテールを結んでいるリボンをいじりながら、あらぬ方を見ている。美少女なのに、豪なんて名前で、剣道五段、柔道六段、空手黒帯の実力は伊達じゃない。俺のハートは血だらけだ。
「だいたい、先輩はだらしがないっす。バレンタインの時は逆チョコならぬ逆アメを渡すだとか、ホワイトデーはチョコもらってないけどアメをプレゼントするとか、いつも口だけっす」
「ぐぅ!」
返す言葉もない。俺は家庭科室の調理台に突っ伏した。準備はできている。準備は完璧なんだ。
バレンタインの時は真っ黒に輝く黒糖アメを、ホワイトデーの時は、ふわふわの綿菓子を、作る準備は完璧だったんだ。
あと、必要なのは……。
「先輩、勇気を出すっす! ここでへこたれたら、部長は卒業しちゃうっすよ!」
そうなのだ。アメ部部長、小中ともみは三年生。卒業式は目前に迫っている。
「もう、うっとおしいっす! とりあえず、作ってみたら、どうっすか?」
「……そうだな」
のろのろと立ち上がり、大釜に細かく刻んだリコリスと砂糖を入れ大釜をグヮングヮン回す。リコリスを核にして砂糖が星形に固まっていく。その砂糖と一緒に、俺の心も固まっていった。
「豪、俺はやるぞ! 卒業式に先輩に、この金平糖を渡して、こ、告白する!」
「先輩、その意気っすよ~」
気の抜けた豪の声援と共に、金平糖を瓶に詰めた。
卒業式、当日。
俺は講堂の外に立っていた。
周りには花束を抱えた一年生、二年生がたむろしている。なかには第2ボタン目当てだろうか、
「いやぁん、緊張してきたぁ」
という女子がいたりする。いやぁん、俺も緊張してきた。そんな俺の緊張などお構い無く、講堂の扉が開き、拍手と共に卒業生が出てきた。
どくんどくんと暴れる心臓をなだめながら、部長を探す。
部長のクラスメイトたちが通りすぎても、部長の姿は見えない。講堂がからっぽになっても、部長はいない。
俺は部長をさがして、泣き笑いの人混みをかきわけた。
「あら、どうしたのですか?」
のほほんとした声に振りかえる。部長がいた。今日も部長は可憐だ。セーラー服にさらりとかかる黒髪が清楚だ。俺は腹のそこから、ありったけの勇気を絞り出した。
「部長! 卒業おめでとうございます!」
叫ぶように言って、金平糖の包みを差し出した。
「私、卒業しませんよ」
「……は?」
「あら、言ってませんでしたっけ? 私、留年しちゃいました」
てへ、と言いながら、舌をだし自分の頭をコツンとやる部長は超がつくほど可愛い。いや、そんなことを言っている場合ではない。
「留年、ということは……」
「はい?」
「俺達、同学年になるんですか!?」
「そうですね。よろしくお願いしますね」
にっこりと、部長が天使の笑みを浮かべる。
嗚呼、留年、万歳。
 




