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今日のおはなし  作者: 溝口智子
金の糸 15
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だいこうぶつ

だいこうぶつ

「ぜったい、コロッケ!!」


「だめ!メンチカツ!」


「もう、どっちでもいいから早く決めてよね」


妹の真由はわがままだ。


ママが


「おやつにスーパーの安売りのメンチカツか、コロッケを買おうか?」


といったので、ボクとママと真由でスーパーにきたんだ。


メンチカツもコロッケも値段はおなじ、1パック100円。


ただ、コロッケは3コいりなのに、メンチカツは2コいり。


「ママの分はいいから、好きなほうを選びなさい」


ってママはいうけど、ぜったい、ママもいっしょに食べた方がおいしいに決まってる。


けど、真由は「メンチカツがおいしいから、メンチカツがいい!」ってダダをこねてゆずらない。


「ねえ卓、メンチカツにしたら?お兄ちゃんが譲ってあげようよ」


「でも、ママ!」


「オニイチャンなんだから!ガマンしてよ!」


真由がさけぶ。ボクがにらんだら、真由はママの後ろにかくれた。


「ね、今日はメンチカツにしよ。コロッケなら、いつも安いんだから」


ママはメンチカツのパックを取ると、さっさとレジに向かう。真由はママのスカートにまとわりついて甘えてる。


ボクはコロッケのパックを見つめて1、2、3とコロッケの数をかぞえた。


家にかえって、ママがメンチカツを2まいのお皿にいれてくれた。


真由は両手でメンチカツをにぎると、半分にわった。そして右手にもったほうをママにさしだした。


「はい、ママ!はんぶんあげる!」


「あら、真由ちゃん、やさしーい。いいの?うれしいな」


真由はママとメンチカツを半分こして、ニコニコしている。


そんな!これじゃボクがわるものみたいじゃないか!


「あら、卓、どうしたの?メンチカツ食べないの?」


「……いらない」


「もう、わがまま言わないで。おいしいよ?」


「いらないってば!」


ボクはさけんで玄関をとび出した。


家のまえは、すぐ、大きな車が行きかうせまい道。


ボクの体はダンプにはね飛ばされて宙にまった。


お線香のにおいが甘くただよう台所で、17歳になった真由がコロッケを揚げている。


「ああ、いいにおいね。真由、コロッケだけは上手になったわよね」


そういいながら、ママが台所に入ってくる。


「失礼な。肉じゃがだってカレーだって上手ですよーだ」


「どれもジャガイモ料理ばっかりじゃない。……このお皿、仏壇でいいの?」


「うん。お兄ちゃんの分だから」


ママはコロッケが山もりにしてあるお皿をかかえると、ボクのための仏壇の前にはこぶ。


お皿を台におくと、あたらしいお線香に火をつけた。


「卓の命日は、毎年コロッケになっちゃったわねえ。


真由は覚えてないだろうけど、ママは覚えてるよ。卓の大好物はメンチカツだったよね。


あの時、コロッケがいいって駄々をこねたのは、ママにも一個食べさせてくれようとしたんでしょう?


ごめんね、何も言ってあげなくて。ごめんね、コロッケ買ってあげなくて」


ママ、だいじょうぶだよ。


あのころボクはメンチカツが好きだったけど、今のボクの一番すきな料理は、真由が揚げたコロッケなんだから。


だから、なかないで、ママ。


「ママー。ご飯だよー」


台所から真由がよぶ。ママはそっと、なみだをぬぐうと、ボクにエガオを見せてから、台所へむかった。


僕はコロッケの香りを胸いっぱいにすいこんだ。


コロッケの香りのついた湯気は、ボクをすり抜けて仏壇にすいこまれていった。

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