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今日のおはなし  作者: 溝口智子
金の糸 15
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アメブ 2  ホワイトデー狂詩曲

アメブ 2  ホワイトデー狂詩曲

 バレンタインに、チョコを、もらってしまった。


 とても、可愛い女子から。


 とても、困っている。


 困っている理由は、すでに3月になり桃の節句も終わり、ホワイトデーが近づいてきているから。


 理由その2は


「……あの! 返事は! 今じゃなくていいんです! ……待ってます」


 とチョコの彼女、佐藤まりえに手紙も渡されたこと。


 理由その3は、私が、まぎれもなく、女だということだ。


 私は女子にもてる。自覚はある。

 小学校でも、中学校でも、私の周囲は女子だらけだった。バレンタインデーにはチョコがカバンに入りきらず、いつも紙袋を持参した。高校でもその慣習は変わらない。


 しかし、高校生にもなると、チョコをくれる女子たちの心持はだいぶ変わったようで。大部分の女子は、ほかにあげたい男子がいないため、仮想的チョコ対象として私を選んでいるようだ。いわば、安全パイ。可愛いチョコを贈りたいが、ヘタな男子に本気になられても困る。

 そこで、私だ。

 万が一にも本気になりようがない。まがりなりにも、女子だから。彼女たちにとって、バレンタインはまさに祭り。一夜の夢なのだ。


 だが。

 今年のバレンタインは……。


 佐藤まりえのことを考えただけで、胃のあたりにズシリとおもりが入ったように感じる。……とりあえず、彼女のことをどうするにしても、ホワイトデーだ。いただいたチョコのお返しはせねばなるまい。

 私は、重たい足を調理実習室へと向けた。






 調理実習室のドアがグワラグワラ……と重たい音を立てて開く。

 なんだ、なんだとドアを見ると、高岡先輩が重苦しい(しかし同時に優美な)空気を背負い、立っていた(背景にバラが乱れ飛ぶさまがありありと見える)。


 俺は、一瞬あっけに取られたが、あっけに取られているいる間にも、手だけは鍋の中の麦芽糖をグルグルとかき回しつづけていた。


「どうしたんですか、高岡先輩。体調、わるいんですか?」


 俺の問いに、先輩は無言で実習室の中を睥睨する。そのまなざしは、愁いを帯び、そんじょそこらの男子では太刀打ちできないハンサムな顔立ちに深い哀愁を加えている。


「……ともみは?」


「部長は買い出しに行ってます。そろそろ戻ると思いますけど」


「すまんが、すこし待たせてもらう」


「はあ……ごゆっくり」


 高岡先輩は重い足取りで(しかしとても麗しく)手近な椅子に腰をかけると、ふ、と蘭が飛び交いそうなため息をついた。

 ……うーむ。今日もすばらしくヅカ的魅力に満ち溢れている。


 ぐるぐると麦芽糖を飴にすべく奮闘している俺をじっと観察していた先輩は、熱い吐息(耳元でささやかれたら女子が失神しそうだ)とともに俺に話しかけた。


「君は……ホワイトデーはどうするんだ?」


「……どうするもなにも、バレンタインにチョコの一つももらってない俺には関係ない行事ですが」


「え? そうなのか? ともみがチョコを準備していたから、てっきり君宛だと思っていたよ」


 予想もしないボディブローをくらい、俺は一瞬、気が遠くなりかけた。いけない、今はともみ部長のことより、麦芽飴だ。


「すまない、よけいなことを話したようだ」


 高岡先輩は、そういうと、とても悲しそうにうなだれた(その首筋から男の色香が漂っている気がするのは気のせいか?)。


「や、いやいや、全然、大丈夫っス! それより、先輩こそ、どうするんですか? チョコ大量にもらってたでしょ」


「……どうしたらいいか、悩んでるんだ」


「え、数が多すぎて予算の問題でも?」


「いや、大多数の女子にはそれなりのものは用意するつもりだ。……ただ」


 そういうと、先輩は宙を見つめた(まつげの先に妖精が止まりそうなほどに長い)。


「と、いうと、それなりではダメなチョコを貰っちゃったんすか?」


 ふ、と吐息 (シクラメンのカホリがしそうだ)を吐くと、先輩はうなずく。


「それって、……本命チョコってことっすか、……女子からの」


 もう一度ふ、と吐息をついて先輩は苦笑(バックに点描の嵐が舞い散る)して言う。


「まいるよな……。私も一応、女なんだし」


「いや、まいるならお断りすればいいんじゃ……」


「そんなときは飴です!!」


 俺のセリフをさえぎって、唐突に部長が乱入する。俺も高岡先輩も、あっけにとられて(先輩の周りだけ天使がとんでいるようだ)ただ部長を見つめる。


「さあ! 高岡さん! 今こそ、飴を作るんです! あなたの心をこめて!」


「私の……こころ」


「そう。飴はすべてをつつみこんでくれます。あなたの迷いも、ほんとうの気持ちも。だから、作りましょう、飴を!」


「ああ、わかったよ、ともみ! 私はやるよ!」


 今にも歌いだしそうな勢いで、部長と高岡先輩のかけあいが続く。その間も、俺は手を休めず、飴細工を完成させていく。


 最初のひよこができた時、高岡先輩が華麗にターンしながら鍋に砂糖と水を入れていた。

 つぎのうさぎができた時、部長が涙しながら高岡先輩の鍋さばきをほめていた。

 さいごのパンダの着色が終わった時、高岡先輩のベッコウ飴も、型取りが終わったところだった。


「さあ! 高岡さん! それが、あなたの心! その飴の中に、あなた自身が見えるはずです!」


「これが……私の心……」


 高岡先輩は、そっと、ワックスペーパーから固まった飴を持ち上げた。琥珀色に輝く飴は、初心者が作ったとは思えないほど、澄んでいた。


「ありがとう、ともみ。私はどうやら、今まで自分の本心と向き合うことを恐れていたようだ」


 スポットライトを独り占めしたような最高の笑顔で先輩が言う。


「高岡先輩……。大丈夫ですか?」


「ああ! もうふっきれた! 迷いはない! この飴を、彼女に……私の運命の女性、佐藤まりえにささげよう!」


「えええええええぇぇぇぇ……!」


「ありがとう、ともみ! ありがとう、アメブの青年! また会おう!」


 さわやかに駆け去る高岡先輩を呆然と見送る。


「よかったわあ、高岡さんのお役にたてて」


「いや、部長、どうなんすか、女子が、女子に、ホワイトデーの本気プレゼントって……」


「あら、本気のチョコをいただいたら、本気の飴を返すのが礼儀じゃないですか?」


「はあ……まあ……礼儀的なことは……。しかし、道義的な部分がちょっと……」


「なあに? なにか、問題があるのですか? 女子同士だと?」


「いえ! いえべつに……ごにょごにょ(俺的には萌えですけど)」


 それから数ヵ月後。

 高岡先輩と佐藤まりえは、大人気ゲーム「飴と鞭の輪舞」の主人公コスでコスプレ雑誌内にとどまらず、世界的人気を誇るコスプレ会のキングとクイーンとして、世界で覇名をとどろかす存在になったらしい。男装した高岡先輩の姿に世界中から手紙が届きつづけているそうだ。次のコスプレをリクエストする本気の手紙が。


「ね? 本気の飴はすごいでしょう?」


 にこにこ笑うともみ部長の笑顔にも本気の飴は通じるだろうか。そうあることを願いつつ。今日も俺は本気で飴を作っている。

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