岸の向こう
岸の向こう
和恵はスキャンした名刺をデータとして入力する内職をしている。
名刺に書いてある会社名、氏名、住所、電話番号、役職などを読んで定型のフォームに入力する。
名刺一枚につき五円。一日フルで500枚はできるから、一日で二千五百円。日曜を潰して二千五百円を稼ぐと思うと悲しくなってくる。
ついでに名刺に書いてある立派な社名や役職を見ていると、自分の人生が惨めに思えてくる。
この人たちは名刺をデータ化してる人間がいることなんて思いもよらないだろう。名刺を仕訳する手間を惜しむほど公私共に忙しいのだろう。私は時間を割いて内職をして。和恵は卑屈になる。
暗い気持ちでパソコンに入力していた手がふと止まる。
次に入力するのは和恵が派遣されて働いている会社の社員の名刺だった。
同じ課の仕事ができる人。すらりとして上品な人。もうすぐ課長に昇進すると噂の人。ただの派遣の和恵にも親切な人。
いったい誰がこの名刺を受け取ったのだろう。
どうしてこの名刺を受けとるのは私じゃないんだろう。
和恵は一文字、一文字、叩きつけるようにキーを押し、間違いなくデータを入力した。エンターキーを押すと、名刺のデータは送信され和恵の手元には何も残らない。
名刺は跡形もなく消えた。
和恵は入力の仕事をそこで切り上げた。畳に大の字になって泣いた。
明日も和恵は名刺を五百枚見続ける。自分にはなんの役にもたたない情報を右から左に流す。
そうして五円を貯めていく。そういう人生に和恵は慣れていく。名刺はただのデータでしかなくなる。
和恵は泣き止むとパソコンに向かった。五円を稼ぐために。
 




