偶然の女神
偶然の女神
「うわぁ!」
飛行機のあちこちから喚声があがった。その声に三奈は目を覚ました。
キョロキョロ見回すと、どうやら皆窓の外を見ている。
三奈も窓に目をやる。
「わぁ……」
皆と同じ声が出た。
真っ暗な空にオーロラがたゆたたっていた。青から緑にゆっくりと色がかわる。カーテンが風に揺れているようにゆったりと形を変える。
極寒の空だろうに、春のようなイメージを抱く。
三奈は鞄から銀塩カメラを取り出すとオーロラを写真に収めた。窓側に座れて本当に良かった。
隣に座っている女性が首を伸ばして窓を見ようとしている。席を変わってあげると満面の笑みが返ってきた。
女性がオーロラを堪能したころ、席を元に戻した。
「オーロラって女神の名前なんですってね」
女性がにこにこと口を開いた。
「そうなんですか?」
「ローマ神話の中で、朝を運んでくる女神の名前だそうよ」
三奈はもう一度オーロラを見つめる。
「じゃあ、あの光は曙光を落としちゃったのかもしれないですね」
三奈と女性は顔を見合わせ笑った。
互いに名乗りあい、オーロラにワインで乾杯をした。
三奈は帰宅してすぐに写真を現像した。オーロラは今もたゆたたっているように見えるほど、よく撮れている。
デジタルカメラでなかった偶然を嬉しく思った。
数枚、女性の写真もある。偶然隣り合った記念に写したものだ。三奈の写真は彼女のカメラに納められた。
写真を送る約束はしなかった。いつかまた偶然の再会を果たしたら、その時に渡す約束をした。
きっとその日は間違いなく来るだろう。オーロラは毎日間違いなく朝を運んでくる女神なのだから。




