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今日のおはなし  作者: 溝口智子
金の糸 15
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ある日暗闇が訪れ

ある日暗闇が訪れ

ガクン!


と大きく揺れた。


一瞬、地震がきたかと身構えたが、揺れたのはこのエレベータだけだったようで、揺れは一回だけで収まった。


安堵したとたん、ふ、と真っ暗になった。


静寂。


日々とぎれることない耳をつんざくような、工場の喧騒も聞こえない。


真っ暗な中、何が起きたのか理解できず、張り詰めた五感のうち、聴覚だけが生きていて


どくん、どくん、と脈打つ音が聞こえる。


しばし、固まる。


が、暗闇は一向に、変化なく、暗い。


「停電……かな?」


私はあてどない暗闇に向かって話しかける。


「そう、かもしれませんね……。いや、まいったっすね」


暗闇から彼の声が聞こえて、私は正直ほっとした。


この暗闇で一人ぼっちではない、ありがたさ。


「えっと、どうするんだっけ?エレベータ、これ、止まってるよね?」


「はい。ああ、そうだ。非常ボタン、あったっすね。あれ、どこかなあ」


暗闇の中で彼が身動きする音が聞こえる。


そうだ、エレベータがとまった時に押してください、って書いてあるボタンがあったっけ。そうそう、ボタンのパネルはこの辺だった……


見えない空間で、なにか、あたたかいものに触れる。


びっくりして、手を引っ込める。


「あ!すみません!だいじょぶっすか!?」


彼の声に、あわてて答える。


「大丈夫、大丈夫。こっちこそ、ごめん。あ、ねえ、ボタン、わかった?」


「あ、えーと、ここらへんかなっと……あ、あった」


カチ。


カチカチカチカチカチ。


暗闇の中に、何か硬質のものがこすれる音がする。


「えーと、たぶん、このボタンだと思うんすけど……。応答ないっすねえ」


「どこ?どれ?」


さきほど、不意のことにおどろいて手を引いたあたりに、ふたたび手を進めてみる。


ふに、とあたたかくやわらかいものに、触れた。


「あ、えっと、このあたりです」


あたたかい手に右手をつかまれ、ぐいっと引かれる。


「あれ?どこだ?えっと、ここ、じゃない、ここ……」


右手が、あたたかい。


とざされたまっくらな箱のなかで、この右手のあたたかさだけが、この世で唯一たしかなものだった。


「あ、ここだ。これです」


私の手を非常ボタンまで導くと、彼の手は、すぅっと離れていった。


なんだか、急に、置いてけぼりをくらった子供みたいに不安になる。


なにをバカな。


彼は10も年下の後輩だ。ここは私がしっかりしなきゃいけないだろう!?


ボタンを連打する。


カチカチカチカチカチカチカチカチカチ……。


「……なんか、効いてないみたいっすねえ」


「そんな!こんなとこに閉じ込められて、どうしろっていうのよ!」


「大丈夫っすよ。エレベータが使えないことくらい、すぐ気付いてもらえますって。ほら、3階の荷下ろし、もうすぐだから絶対気付いてもらえますって」


「そう……ね。そうよね。うん。なにもこの中で夜明かしするわけじゃないよね!」


「ははは、そりゃそっすよ。俺ら二人も消えてたら、作業が止まっちゃいますよ。…あー。でも、残念だなあ」


「え?なにが?」


「主任とだったら、俺、一晩中でも閉じ込められてたいです」


とつぜん、真面目な口調で彼が言う。


どきん、とした。


一晩中…彼と暗闇の中に…


「も、もーう!やだあ、冗談ばっかり!!」


茶化して笑う私の言葉に、返事はない。むなしく闇が広がっているだけ。


「冗談じゃないっす。主任、俺…」


ふいに、エレベータの灯りがついた。


ウイーーンという機械音がして、上昇をはじめたのがわかる。


私は安堵とともに、すこしがっかりした。


がっかり?


なにに?


「…あーあ。動き出しちゃいましたね」


彼を見る。


無表情で階数表示を見上げている。


エレベータはすぐに1階についた。


ドアが開く。外にはだれもいない。


「あれー?ほんとに、非常ボタン効いてなかったんすね。これ、ちょっとまずいっすよね」


「そうね、報告しておかないとね」


私と彼は、積み込んでいた荷物をエレベータから下ろした。


やれやれ。


みょうなことで時間をとられちゃったな。


「さ、とっとと運びましょうか」


「あ、主任」


「ん?なに?」


「俺、冗談じゃないっすから」


私がびっくりして固まっていると、彼は一人で荷物を運び出した。


冗談じゃないって…どういうこと?


私は右手に、暗闇の中で感じた彼の手の感触を思い出していた。


あたたかなその感触以上に、自分のほほが熱を持っていることに、気付いた。

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