腹が減っていた
腹が減っていた
腹が減っていた。財布はからっぽだ。冷蔵庫の中も。ミキはそっと防災用品が詰め込まれた棚に忍び寄る。ここから乾パンを盗み出して貪り食った時には親父からげんこつを頂戴した。しかし仕方がないではないか。ミキは中学二年生。食べざかりなのだから。
棚の中には懐中電灯や水、カロリーメイトが入った防災リュックがどーんと入れてある。リュックを取り出し脇にどける。その奥に家族三人一週間分の飲用水と、小さなガスコンロ、そしてインスタントラーメンが盛りだくさん入っている。味噌、醤油、とんこつ、カレー味。ミキはごくりと喉を鳴らしカップを取り出し並べていく。魚介とんこつ、韓国風、きつねうどん、たぬきうどん、カレーうどん、シーフード、白湯、ワンタン麺、激辛麺、でるわでるわコレクションのように種々様々なカップ麺がずらりと並んだ。
ミキは腕組みして端から端まで何度も見通した。一個ずつ見つめてみた。よだれが垂れそうになった。どれか一つに絞るのは無理だった。床に腹ばいになりカップ麺と睨めっこしていると、棚の中に一つ取り忘れているカップがあったことに気付いた。手を伸ばし取り出してみる。
「サイゴンラーメン パクチー香る本場の味」
さいごん? ぱくちー? 本場ってどこだ?
首をひねりながらミキはサイゴンラーメンの封を切った。他のカップは元通りに丁寧に片付ける。リュックも元に戻し棚を閉めると湯を沸かした。
縦長のカップから粉のスープとかやく袋を取り出し沸騰した湯を注いで三分待つ。スープを入れて混ぜると、嗅いだ事のない匂いがした。すっぱいような塩っぱいようなまろやかなような不思議な匂い。そこにかやくを散らす。とくに何か変わった感じはしない。鼻を近づけて良く匂ってみると。
「ぐっへえ!」
ミキは叫んで尻餅をついた。今まで嗅いだ事もないような臭いだった。雑草をちぎって泥をなすりつけたらこんな匂いになるのではないかと思った。このカップを選んだ自分を呪った。しかし腹が減っていた。
ミキは思いきりカップの中身をぐるぐると混ぜた。草の匂いはますます強くなる。覚悟を決めて一気に麺をすすりこんだ。息つく暇もなくすすり続け舌を火傷し喉まで焼けた。それでも一気にスープまで飲み干す。
「あー。うまかった」
ミキはぽつりと呟いてカップをしげしげと見つめる。鼻を近づけ匂いを嗅いでみる。雑草の臭いと思っていた臭いは今はさわやかなハーブなのだと感じられた。
「なんでもうまいよな、腹が減ってたんだから」
ミキはまた一つ好きな食べ物ができた自分の健闘を称えた。そしてカップをゴミ箱に捨て、帰ってきた親父からげんこつを頂戴した。
 




