踊り明かそう
踊り明かそう
晴香は『マイフェアレディ』のブルーレイのディスクをセットすると、邪魔なテーブルを部屋のすみに追いやる。映画が始まったら、そのシーンまで早送り。何度見たかわからないシーンたちが駆け足で飛んでいく。主人公のオードリー・ヘプバーンの表情がくるくる変わる。
しがない花売り娘だった。
訛りのない言葉を話せば花屋の店員になれると知った。
それを教えてくれた人の元で一からクイーンズイングリッシュの訓練。
滑稽だけれど一生懸命な日々。
そして。
晴香は早送りを止め、通常速度に戻す。画面に合わせて歌い出す。
ベッド! ベッド! ベッドへなんか行ってられない!
頭はスッキリしすぎて枕になんかつけられない。
おやすみ? おやすみ? 寝たりしている場合じゃない。
王冠の宝石を全部もらったってダメ!
画面の中の主人公と共に踊り出す。
踊り明かそう、踊り明かそう
もっと踊っても足りない。
翼を広げて飛べたの。
なんでもできるって知ったのよ。
なんでこんなにわくわくするの?
なんで心が飛び上がるの?
わかっているのは
彼が私の手をとって踊り始めたら
私は一晩中だって踊れるの!
最初は小学生の頃、ビデオテープで見た。テープが摩りきれるほど繰り返して。
DVDはもちろん買った。歌は全部覚えてしまった。
ブルーレイは美しかった、夢のように。
そして晴香は恋を知った。
彼が私の手をとって踊り始めたら
私は一晩中だって踊れるの!
晴香は高らかに歌い上げると力尽きたようにベッドに倒れこんだ。満面に笑みを浮かべたまま。
その姿は映画の中の主人公と同じ。
そして恋を知った晴香はヘプバーンよりも美しかった。




