扉を開けるとそこには
扉を開けるとそこには
「はいはい」
チャイムが鳴って玄関の扉を開けるとそこには天使のような女性が立っていた。
長い黒髪、優しい瞳、頬笑みを湛えた唇、薔薇色の頬、恋に落ちた。
「こんにちは」
「あ、は、はい、こんにちは……」
お日さまのような暖かな声に聞き惚れそうになったが、なんとか声を返す。
「私、国勢調査員のものです」
彼女は首にさげていたカードを差し出して見せる。そこには『稗田たえ』と名前が書いてある。たえさん。すごくいい名前だ。産まれてきてから出会ったどんな名前より好きだ。
「あの、それで今回、インターネット調査が始まりまして、インターネットはお使いですか?」
「あ、は、はい」
「ではこちらの書類をご覧ください」
手渡された書類を丁寧に受け取る。書類から離れていくたえさんの手を追いかけ握りしめたい衝動をぐっと押さえこむ。
「……という風に、簡単な操作で調査を終えることができます」
ぼうっと聞き惚れている間にインターネット調査の説明が終わってしまった。もっとたえさんの声を聞いていたい。
「もしインターネット調査にご回答いただけなかったときは、紙面での調査にご協力いただきますので、後日また調査用紙をお届けします」
「……後日?」
「はい」
「あなたが?」
「はい」
「インターネット不案内なので、ちょっと回答難しいと思います。紙面で回答したいです」
「そうですか。皆さんそうおっしゃるんですよ。パソコンってそんなに難しいんですね」
「あなたはパソコンを扱ったりなさらないんですか?」
「はい。専業主婦なもので、なかなか。主人にはパソコンで遊びから慣れていけって言われるんですけど」
「……専業主婦なんですか」
「はい」
たえさんが去っていく後ろ姿を見送って静かに扉を閉める。受け取った書類を開きながら、パソコンに向かった。
きっとこの近所では大部分の男性がインターネット調査を選び回答することだろう。
たえさんのご主人以外の男性たちは。
インターネット回答はすぐに終わった。俺の恋のようにあっという間に終わってしまったのだった。




