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今日のおはなし  作者: 溝口智子
金の糸 15
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秋の日の出来事 2

秋の日の出来事 2

 俊は建物の裏手に回ると首から蝶ネクタイをむしり取った。


「なんだよ、こんなもん。ダッさい」


 ぶすくれた声で呟きながら、けれど丁寧に蝶ネクタイを半ズボンのポケットにしまった。

 ミキ姉ちゃんの結婚式にフォーマルな格好をしないといけない、と母が張り切って俊に買ってきた服は名探偵コナンのコスプレのようだった。紺のジャケット、紺の半ズボン、白いシャツ、それに蝶ネクタイ。披露宴会場で俊は可愛い可愛いと大絶賛された。


「男がかわいいなんて言われて喜ぶかよ!」


 叫んで会場を飛び出し、身を隠したのだった。


「こんにちは」


 突然横合いから掛けられた声にびっくりして俊はそちらに顔を向けた。そこには作業着姿の男性が立っていた。


「こんにちは。きみ、披露宴の出席者?」


 俊は一歩下がる。怒られたら逃げだそうと用心してコブシを握る。


「ああ、お兄さんは怪しいものじゃないよ。このカフェの……そうだなあ。庭師ってとこかな」


 男性のやわらかな笑顔に俊は警戒を解いた。けれど知らない人間だ、近づこうとはしない。


「ニワシってなに?」


 俊の質問に庭師のお兄さんはにっこりと笑う。


「庭を作ったり手入れをしたりっていう仕事をする人だよ」


 俊は首をひねった。この建物の周りはぐるりと見て回ったけれど、四方はコンクリートの壁に囲まれて土はどこにもなかった。


「どこに庭があるの?」


 庭師は空を指差す。俊は空を見上げた。


「あ」


 屋根の上からススキの穂が見えている。


「ここはね『屋根に花壇があるカフェ』っていう名前なんだよ」


「屋根に花壇!? ほんとに!?」


「ああ。上ってみるかい?」


 庭師に連れられて店の前に回る。俊はみんなに見つからないかとどきどきしたが、庭師がうまく体の陰に俊を隠してくれた。二人は玄関ポーチから屋根の上に続くらせん階段を上った。

 屋根の上には草はらが広がっていた。いろんな花が咲いていて、ウッドチェアーまで置いてある。俊の目は真ん丸に開いた。


「すごいだろう」


「これ、全部おじさんがやったの?」


 庭師は眉を寄せて口をもごもごと動かしたが、おじさんと言われたことには触れず、にっこり笑って見せた。


「ぜーんぶ俺がつくったんだよ。見事だろう。四季に合わせた草を植えるんだ」


「ふうん。今は秋の草?」


「そう。すすき、りんどう、おみなえしなんかが見ごろだよ」


「木は植えないの?」


「うーん。屋根の上だからねえ。大きく育っちゃったら屋根が落ちるかもしれないだろ」


 俊は真面目な顔でうなずく。庭師はしゃがみ込むと草むしりをはじめた。


「君は披露宴の出席者だろう? ここにいていいのかい?」


「いいんだ。僕がいたってミキ姉ちゃんはよろこばないし」


 俊は頬をふくらませて下を向く。


「ふうん。君はミキ姉ちゃんが好きなんだね」


 俊の顔がさっと赤くなった。庭師は俊の顔を見ないようにして話し続ける。


「ミキ姉ちゃんは君がいないと寂しいだろう。ミキ姉ちゃんだって君のことが好きなんだから」


「好きなんかじゃないよ」


「どうしてそう思うの?」


「だって……、だって」


 俊の目に涙がたまる。俊はそれを袖で拭って顔を隠す。


「だって、ミキ姉ちゃん、お嫁さんになっちゃった。旦那さんのことだけしか好きじゃなくなっちゃう」


 庭師はだまって草むしりを続けている。俊は袖で目をごしごしとこすり続けた。

 俊が泣き疲れて落ち付くと、庭師は俊をウッドチェアに座らせた。腰を屈めて俊の目線に視線を合わせる。


「君のママも、花嫁さんだったんだよ」


 俊はぼうっとした表情で大人しく聞いている。


「ママはパパが大好きだろ。でもそれだけじゃない。君のこともおじいちゃんやおばあちゃんのことも大好きだろ。花嫁さんはみんなのことを好きになれるんだ」


「ほんと? うそじゃない?」


「ほんとだよ。絶対だ。だから、君もミキ姉ちゃんのこと好きでいてあげるんだ。約束できるね」


 俊は力強くうなずいた。庭師は白い小さな花のつぼみを茎から切ると、俊の胸ポケットに挿した。


「フジバカマだよ。約束のしるしだ」


 俊はフジバカマをそっと撫でた。甘い良い香りがする。なんだか心が落ち着くようだった。俊はズボンのポケットから蝶ネクタイをとりだすと、庭師に差し出した。


「おじさんも約束して」


 庭師が首をかしげると、俊は恥ずかしそうにうつむいた。


「僕が泣いた事、誰にも内緒にして」


 庭師は微笑むと蝶ネクタイを受け取った。


「わかった。約束だ。この蝶ネクタイにかけて絶対に秘密にするよ」


 俊は庭師を見上げて恥ずかしそうに笑った。それからくるりと身を翻すと軽やかに階段を駆け下りていった。

 庭師は蝶ネクタイを首に当ててみた。子供用のネクタイは小さすぎて首の周りには足りなかった。庭師は愉快そうに笑うと、蝶ネクタイをきれいに畳んで胸ポケットにしまった。

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