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今日のおはなし  作者: 溝口智子
金の糸 15
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秋の日の出来事 1

秋の日の出来事 1

 飽きが来た。

 秋とかけたダジャレではない。

 うまい弁当屋があるのだ。そこの弁当はただ一種類。よその弁当屋風に表現するなら「幕の内」になるのだろうが、その店にはメニューもなければ弁当の名前もない。それどころか店名すらないらしい。

 白米にたくあん、魚の煮つけと野菜のたき合わせ、小さなからあげ、だし巻き卵。毎日毎日変わらない。唯一変わるのが旬に合わせた魚の種類だけだ。今の時期ならサンマの煮つけになる。たまにイワシもお目見えする。けれど煮つけの味付けは変わらない。

 三年、通い続け食べ続けた。昼飯は毎食そこの弁当だった。しかし。


 飽きが来た。

 秋とかけたダジャレではない。

 今日、弁当のフタを開けたとたん、愕然とした。食べたいと思わないのだ、いつも嬉しい弁当なのに。しばしぼうっと弁当を見つめ続けた。しばらくして、そっと蓋を閉めた。透明なプラスチックの蓋越しに、見慣れた弁当が見える。昨日も食べた、一昨日も食べた、一年前も食べた弁当が。


 そうか。人は同じものを食べ続けると、いつか飽きる時が来るんだな。そんなことをぼうっと考えている間に昼休みが終わってしまった。結局、昼食をとらないまま午後の仕事に戻った。

 昼間のショックのせいか、夕食もろくに食べられなかった。翌朝は寝坊して空きっ腹のまま駆けだした。

 昼休み、足が勝手に弁当屋に向かっている事にハタと気付いた。完全に習慣になってしまっているのだ。習慣のまま歩いていき、弁当屋の前で立ち止まる。沢山の人が行列している。いつもなら迷うことなく一番後ろに並ぶのだが、今日はそれ以上足がすすまなかった。結局、コンビニでゼリー食を買って飲んだ。


 そんな状態が三日ほど続き、しかし腹が減ると言う感覚がなく、さすがにおかしいと気付いた。昼休み、病院に行くべきか悩みながらデスクでゼリーを飲んでいると通りすがりに後輩が声をかけてきた。


「あれ? 夏バテですか」


「夏バテ? もう秋じゃないか」


「秋の初めごろに夏の疲れが出て体調を崩す人が多いらしいですよ。ゼリーばっかりじゃなくてちゃんとしたもの食べた方がいいですよ」


 ちゃんとしたもの。そう言われて頭に浮かんだのは弁当。あの弁当だった。思い起こすと無性に食べたくなり、財布を握って駆けだした。弁当屋の前の行列はだいぶ短くなっていた。一番後ろに並んで首を伸ばす。弁当は残り数個になっていた。あわてて行列に並ぶ人数と残りの弁当の個数を数え比べた。大丈夫だ。まだ足りる。

 ほっと安心してゆったり弁当を買うと、デスクに戻って蓋を開けた。腹がぐうと鳴った。弁当は見るからにうまそうだ。割り箸をパチンと割って白米を口に入れる。うまい。まちがいなくうまい。体は欲していたようだ、この弁当を。たくあん、野菜の炊き合わせ、小さなからあげ、出汁巻き卵、それにイワシの煮付け。

 窓の外、秋晴れの空をイワシ雲がぷかぷか泳いでいる。煮つけにしたらきっとうまいに違いない。

 秋が来たなあ。

 うん。食欲の秋が来た。明日も名前のない弁当を食べよう。最後の米粒を飲みこんで、静かに箸を置いた。

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