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今日のおはなし  作者: 溝口智子
金の糸 15
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旅に出る

旅に出る


「これ何?痣?」


保が私の手首を握りたずねる。


「ううん、ターミナルのあと」


「ターミナル?」


「うん。点滴のターミナル。


24時間点滴はね、皮膚の下にプラスティックの管を通して固定して、そこから点滴輸液をとおしっぱなしにするんだ。


って言っても三日に一度は別の場所に差し替えないといけないから、私の腕やら足やらターミナルだらけなんだよ。


………私の体、汚いよ?」


私は子どものころから入院ばかりだった。保とも病院で出会った。


友人の見舞いに来た、健康で明るくて優しい保。


車椅子に乗った私にさえ、当然のように笑顔を向けて話しかけた。


無言で顔をそらした私の代わりに、車椅子を押していた看護師が、保に言った。


「この子、人見知りなのよ。よかったらまた話しかけてあげてね」


看護師のおせっかいを有難いと思ったのは、そのとき一度きり。私は保に一目ぼれしていた。


「OK! じゃあ、今度、映画でも一緒に見ようか!?」


「……私、映画館なんていけない……」


保は背負っていたデイバッグから薄いパソコンを取り出すと、ニカっと歯をむき出して笑った。


「大丈夫、大丈夫!オレDVDたくさん持ってるから、こんど来るときは持って来るよ!」


単なる社交辞令だと思っていたのに、つぎの週末、保はデイバッグをDVDでいっぱいにして私の病室を訪れた。


「……ほんとに来たの?」


私は眉根を寄せてたずねた。


「もちろん!オレのDVDコレクションを自慢できる機会を見逃したりしないぜ!!」


私は思わず噴き出した。


保は次から次へ映画を見せまくり、私は、にわか映画ファンになった。


保のコレクションは名画からB級ホラー、ミュージカル、アニメ、芸術系。多岐に富んで飽きさせない。


長時間の視聴に耐えられない私のために短い作品を選んでくれて、いつも私はハラハラドキドキの一時間を過ごしていた。


何よりドキドキしたのは保が私の耳元で


「今のシーン、CGじゃないの、気付いた?」


「今から群集の中に監督が混ざるよ、見つけて」


そうやって映画豆知識を囁いてくれることだった。


そのたび私は顔を真っ赤にしたが、カーテンを引いて、映画館よろしく薄暗くしたベッドの上では、私の顔色など判別できなかったことだろう。


ある時『スタンドバイミー』と言う映画を見た。題名だけは知っていたけれど、実際に見たのは初めてだった。


私より小さな男の子たちが、一生懸命あるかどうかもわからない死体を捜す姿を見て、なんだか可笑しくなった。


「ねえ、私が森の中で死んだら、私の死体を捜しに来てくれる?」


私はパソコンのディスプレイを見つめたまま、保にたずねた。


保はパソコンのディスプレイを見つめたまま、答えた。


「さがさないよ」


私は思わず保の顔を見た。保はディスプレイを見つめていた。映画の明かりのせいだろうか?いつもより保の顔色が青く見える。


「さがす必要なんかない。オレは君を一人で死なせたりしない」


保はディスプレイを見つめている。私は保の手を握った。


「今日はここまでにしよう」


突然、保がDVDを止めた。私は心臓が氷になったかのようにヒヤリとした。


「疲れちゃうだろ?続きは来週。それまでアラスジ忘れんなよ」


保は私の手を引き寄せると、ハグしてくれた。


友達のハグ。


それでじゅうぶん。


それでももったいないくらい。私なんかには。


翌週末、スタンドバイミーのラストシーンを保と並んで見た。


きっと、主人公の気持ちと今の私の気持ちは同じ。


もう二度と、会えない。


子どものころのなつかしい思い出になって、さようなら。


だって、しょうがない、それが人生だもの。


保に気付かれないようそっとティッシュを取って鼻を押さえた。涙より先に鼻水が出る、この体質。ロマンティックのかけらもない。


保はDVDを取り出してパソコンを終了する。ティッシュをゴミ箱に捨てたばかりのスキだらけの私の手首をつかんで言う。


「これ、なに?痣?」


保が私の手首を握ってたずねる。


「ううん、ターミナルのあと」


「ターミナル?」


「うん。点滴のターミナル。


24時間点滴はね、皮膚の下にプラスティックの管を通して固定して、そこから点滴輸液をとおしっぱなしにするんだ。


って言っても三日に一度は別の場所に差し替えないといけないから、私の腕やら足やらターミナルだらけなんだよ。


………私の体、汚いよ?」


「汚いもんか」


私は保の目を見る。保は真っ直ぐに私の目を見つめる。


「美奈の体を元気にするためのターミナルなんだろ?命を通す為の駅じゃないか。汚いなんて思うわけない」


保はふいと目を逸らすと言った。


「美奈の死体を野ざらしになんかしない。死んでもオレはそばにいるから」


それが私の始発駅になった。

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