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最期の時
最期の時
「あなたは死ぬときは独りぼっちですよ」
若い頃、占い師にそう言われた。その占い師が男性だったか女性だったかすら覚えていないけれど、その言葉だけはいつまでも心に残っている。
もう長くないことが自分でもわかる。
独りぼっちで死ぬというからには結婚や出産に縁のない、恐ろしいほど寂しい人生かと思っていたけれど、息子娘が五人、孫が十四人。
今も枕元に数人ついていてくれる。
視界がぼんやりして、夢の中をうつらとさ迷っているようだ。もう生きる力が残っていない。九十六年も生きた。十分だ。
独りぼっちで死ぬ準備は済ませている。遺言も書いたし、財産の整理もつけた。それに、心の準備も。
家族のために生きてきた。死ぬときは自分一人のために死にたいといつのころからか思っていた。
私の脈が勢いを取り戻したことを確認した主治医と看護師が病室から出ていってくれた。
長男が主治医に呼ばれ、枕元から去った。
嫁が親戚一同に電話をかけに行った。
孫がトイレに走っていった。
ああ、私は今、ほんとうに独りだ。
心残りはもう何もない。
目を瞑ると、深い深い眠りが静かにやってきた。




