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今日のおはなし  作者: 溝口智子
金の糸 15
366/888

黒く 黒く 黒く

黒く 黒く 黒く

 アリスは走る。


 深い森の中を。


 生い茂る枝葉に遮られ陽が射さない深い森を。


 


 アリスは走る。


 暗い森の奥へ。


 道もない下草に足を取られそうになりながら。


 アリスは走る。


 真紅のキノコがアリスに囁く。


「ハヤク シナイト テオクレニ ナルヨ」


 水玉のキノコがアリスに囁く。


「ワスレモノハ ミツカラナイヨ イツモ」


 アリスは走る。


 青い球を抱え。


 それを誰に渡せばいいのかもわからないまま。


 アリスは走る。


 真白いウサギが飛び出て騒ぐ。


「ハヤク シナイト テオクレニ ナルヨ」


 太った芋虫がキノコを食べる。


「イタイイタイ イキタイ イキテイタイ」 


 森の奥に小さな泉。


 昔は鏡の様だった。


 今は濁ってなにも映さない、なにも見えない。


 泉の奥に大きな獣。


 昔は王子様だった。


 今は女子供をとらえては貪り食う、ただの獣。


 


 アリスは泉にたどりつく。


「オマエヲ オマエヲ クイコロシテヤル」


 獣はアリスを囚え。


 アリスは獣に問う。


 昔少女だったアリスが王子だった獣に問う。


「あなたは あなたは いったいだれなの」


 獣は頭をかかえる。


 アリスは獣を抱く。


 青い球は泉に沈み。


 そしてアリスは間に合わない。青い球は失われ。大事なものはみんな消え。青い球を受け取るべき子供もすでに老いて居ぬ。


 キノコが歌う。


「ハヤク シナイト テオクレニ ナルヨ」


「ハヤク シナイト テオクレニ ナルヨ」


「ハヤク シナイト テオクレニ ナルヨ」


「ハヤク シナイト テオクレニ ナルヨ」


「ダイジナモノハ アオイタマ」


「ハヤク シナイト テオクレニ ナルヨ」


「アオイタマハ ミズノソコデ」


「ハヤク シナイト テオクレニ ナルヨ」


「ハヤク シナイト テオクレニ ナルヨ」


「ハヤク シナイト テオクレニ ナルヨ」


「うるさい!」


 年老いたアリスが叫ぶ。


「私は青い球なんかもういらない。私も獣になって食らいつくすの。森を焼き、泉を枯らし、森の生き物を貪り食うの。青い球なんかもういらないの」


「あなたは あなたは どこへいきたいの」


 小さな少女がアリスに訊ねる。


 アリスはその行方を思い出す。


 小さかったアリスの思い出を。


 必死に追いかけた未来の事を。


「ハヤク シナイト テオクレニ ナルヨ」


「ワスレモノハ ミツカラナイヨ イツモ」


「ハヤク シナイト テオクレニ ナルヨ」


 アリスは泉に飛びこむ。汚水の底、青い球は見えない。アリスは潜る。一度は捨てた青い球を探して。汚水は目に沁み鼻を痛め。息がたりずにアリスは溺れる。どこまでもどこまでも深くへ沈んでいく。


 青い球を掬い上げた少女はこびりついた汚水をスカートの裾で拭う。拭っても拭っても青い光は戻らない。少女は昔は青かった球を抱えて走り出す。


「ハヤク シナイト テオクレニ ナルヨ」


 少女は走る。森の奥へ。下草に足を取られ。


「ハヤク シナイト テオクレニ ナルヨ」


「ハヤク シナイト テオクレニ …… …… ……


 キノコの歌も今は昔。


 少女は既に年老いて。


 青い球は輝き失くし。


 白いウサギがポケットから時計を取り出し宣告する。


「ハイ、ジカンギレ」


 キノコが歌う。


「ダカラ ダカラ イッタノニ」


「ハヤク シナイト テオクレニ ナルヨ」


「シッテイタノニ シラヌフリデ」


「ハヤク シナイト テオクレニ ナルヨ」


「ジカンハ ニドト モドラナイ」


「ハヤク シナイト テオクレニ ナルヨ」


 白いウサギは宣告する。


「ハイ、ジカンギレ」


 輝き失くした青い球は、


 今は真っ黒に宙に浮く。


 受け取る人もいない儘、


 もはや手遅れ時間切れ。


 真っ黒に汚れた青い球。


「ハヤク シナイト テオクレニ ナルヨ」

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