あいたくて
あいたくて
角を曲がって、ビーチサンダルをパタパタ鳴らしながら憲太が駆けて来る。
「とーちゃん、ただいまー!!」
「そんなに急ぐと転ぶぞ。まだ時間あるからゆっくり歩け」
とーちゃんの言葉を聞いても憲太は駆け続け、あっという間に門前にたどり着いた。毎日プールで泳いで憲太の肌は真っ黒だ。今日も昼前から出かけていって、もうすぐ4時と言う今になるまで泳いでいたのだろう。髪からぽたぽたと雫を垂らしている。
「とーちゃん、もうオガラ焚く?」
「いや、まだ早いよ。もう少し暗くなってからやろう。お前、髪ぬれたまんまじゃないか。拭いて来い。水着も洗えよ」
「わかった!」
憲太は叫んで飛んで行く。いつもなら何を言っても「えー」「あとで」「またこんど」とぐずぐずするが、今日ばかりは良い子にしている。とーちゃんは門前の掃除を終えると打ち水をして玄関までの路地も掃き清めた。
「とーちゃん、洗濯おわったー!」
「そうか。少し早いが、そろそろ火を焚くか?」
「うん!おれマッチ擦る!」
準備万端、すでに手にマッチ箱を抱えている。とーちゃんは苦笑いしながらオガラを組んでいく。円錐形になるように組み上げて、憲太を振り返る。
「よし、いいぞ。ここの隙間から火を入れてくれ」
しゃがみこんだ憲太は地面すれすれまで顔を下げてとーちゃんが作った火焚き口を覗き込み、マッチを擦って、炎をそっと差し込んだ。すぐにオガラから煙が上がりぱちぱちと言う音と共に炎が広がる。煙が高く高く上って行く。死の国へ旅立った魂を迎えるための灯火。憲太ととーちゃんは煙りの行方を見つめる。
「おれ、一年で一番、今日が好きだ」
空を見上げて憲太がつぶやく。
「クリスマスよりもか?」
「うん」
「誕生日よりもか?」
「うん」
「……そうか」
陽がかげって影が伸びる。小さな憲太の影はのっぽに、大きなとーちゃんの影はもっとのっぽになって二人きり並んでいる。ぽん、とオガラが爆ぜて、うわっと煙が上がる。とうちゃんの影と憲太の影の間で揺れた煙を、二人は黙って見つめていた。しばらく煙を踊らせて、オガラの火は静かに消えた。
「よし、ここ片付けちゃって、晩飯にするか」
「おれ、テーブル拭く!箸も出す!」
「頼む。かーちゃんの箸も仏壇から下ろしてくれな」
「わかってるって!」
憲太は元気良く家に駆け戻る。とうちゃんと憲太だけの寂しい家に、今日から三日間だけ、かーちゃんが帰って来る。
「今日が一番好き、か」
とうちゃんは微笑んでオガラの灰を掻き集め始めた。静かな宵に、お盆が始まった。




